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でくのぼう
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novelistID. 43182
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覗き

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 白い家がすみれ色に変わるころ、車の荷台には処分される箱が積み込まれていた。婦人から茶色い封筒を受け取り、中に料金が入っていることを確認する。男は、車にキーを差込、エンジンをかけた。衰弱した犬の悲鳴のような音を立て、エンジンがかかる。男の胃の底には、さきほどの不快感が残っている。ふと思い立ち、窓から顔を出して。女にあのバラが飾られている窓は誰の部屋かを訪ねた。
「いえ、あの部屋はだれも使っていません」と女は答えた。表情は夕日を背にして見えない。
「それは妙ですね。仕事をしているときに、確かに視線を感じていて気になってしょうがなかったんですよ」
「家あの部屋は、娘の部屋でしたけど、少し前に病気で……。それ以来ずっと空き部屋のままです」
「じゃあ、この荷物は……」
「娘が小さいころに使っていたものです。あの娘は、若干変わったところがあって……。自分の世界、というのか他の人とは違うところに生きているような。それで、死ぬ前に、自分の荷物は処分してくれって頼まれたんです。遅くても一月以内にって。今日がちょうどその期限なんです。わたしは、残しておきたかったんですけど……。でもあの娘は、自分が残したものをみられることは、自分の世界が、魂のようなものが、覗かれているのと同じだと……」
 男は別れを告げ、車を発進させる。開いた窓から冷たい風が顔をたたきつける。空も木々も夕闇に染められていく。バックミラーの中には、まだ女の黒い影が映っている。車が門の前を通るとき、門柱におかれたカメラが見えた。焦点はインターフォンのところに向いている。数百メートルほど走った後、男は車をとめて、ハンドルに頭を持たれかけた。頭の中で、先ほどの女の言葉が響いていた。この仕事で感じていた影のように付きまとっていた正体がようやく分かった。心臓の裏側をひっくり返され、そこで刻まれた文字を眼前に突きつけられたかのように感じた。あの感情は、疚しさなのだ。心の裏側の、自分でも気がつかなかった、覗きを行っていることへの疚しさ。男はいままで自分がしてきた処分してきたものを思い出した。木造アパートの錆びた手すりをつかみ損ね、階段から落ちて亡くなった老婆の遺品。妻子を残して失踪した中学教師の本棚、そして今回は病気でなくなった娘が残した幼いころの遺品。……これらの穴を通じて、他人の人生を別の世界からこっそりと覗き込んでいたのだろう。そのときの自分の顔は、知らず知らずのうちにほくそ笑んでいたに違いない。
 男は湿ったため息をついて、顔を上げた。あたりは闇に閉ざされている。男は人差し指と親指で輪を作り、覗き込んだ。フロントガラスには同じように指で作った穴を覗き込んでいる男がいた。闇の中で、自分が覗き込んでいるのか、それとも、相手が自分を覗き込んでいるのか、男はわからなくなった。

                            ――了――
作品名:覗き 作家名:でくのぼう