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So Wonderful Day

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(2)




 リクヤ本人からのヒントが期待出来ないとなると、頼みの綱は彼の兄だった。リクヤには二卵性双生児の兄サクヤ・ナカハラがいる。同じ年で、かのユアン・グリフィスが妬いたほど仲が良い。きっと互いの好みを知っているだろう。リクヤは往診に出かけていて留守だった。電話をするタイミングもいい。ジェフリーはアドレス帳のページを繰った。
 この時、ジェフリーはサクヤの職業がプロの演奏家であることをすっかり失念していた。アドレス帳の現住所は日本であるものの、彼の活動拠点はヨーロッパである。世界的にも有名なヴァイオリニストのサクヤは、それでなくとも他の演奏家以上に忙しい。クリスマス・シーズンともなれば尚更で、日本に居ることは稀だった。
 案の定、ジェフリーからの国際電話を取ったのは、パートナーであるエツシ・カノウだった。彼もリクヤとは長い付き合いだが、残念なことに英語が堪能ではない。
 それでも簡単な受け答えは出来るらしく、ジェフリーがサクヤに換わって欲しいと言うと、「彼はウィーンにいる」と返ってきた。その答えで、サクヤもこの時期が多忙な職業であることを思い出す。同時にがっくりと受話器を持ったままうな垂れた。
 しかしジェフリーは瞬時に考えた。エツシはサクヤのパートナーである。毎年、十二月二十五日にはプレゼントを贈っているはずだ。好みや嗜好は違っても、何かヒントになることを彼から聞けるかも知れないと。友人としてではなく、恋愛対象として同性へのプレゼントは、ジェフリーは未経験だった。品物自体が見当もつかない。好み云々は抜きにしても、どんなプレゼントが適当なのか、最低限それがわかれば助かる。
「もうすぐサクヤの誕生日ですよね? プレゼントは何を?」
なるべくゆっくりとした口調で、簡潔な言葉を選ぶ。前後の事情説明はすっとばした形になった分、唐突さは否めない。あまりにも言葉足らずだと気づく。これではジェフリーが、サクヤにバースデイ・プレゼントを贈ろうとしているようにとられかねないではないか。
「えっと、実はリクヤの、えーっと」
 「well」の連発である。
 すると電話の向こうのエツシが「よければメールを」と応えた。聞き取りは苦手だが、読むならまだわかりやすいし、今は簡単な翻訳ソフトもあるからと彼は笑った。苦手な割には正確な文法の話し言葉だ。ジェフリーは承諾し、彼専用のメール・アドレスを教えてもらうと電話を切った。
 受話器を置いたとほぼ同時にドアが開き、冷たい外気を伴ってリクヤが往診先から帰ってきた。暖炉で暖められた室内の空気で、たちまち彼の老眼鏡が曇る。ここのところ着けたり外したりが面倒になって、仕事中は眼鏡をかけたままでいる。
――若く見えても、確実に年は食っているんだなぁ。
「なんだ?」
 しみじみと自分を見るジェフリーに、リクヤは眼鏡を少し鼻の上に引き下ろし、訝しげな視線を寄越した。
「曇っているなぁと思って、老眼鏡が」
 わざと老眼鏡の部分を強調して言った。リクヤの右眉がピクリと上がり、今度は眼鏡を外すと胸ポケットにしまった。それからドアの脇のチェストにカバンを無造作に乗せ、脱いだ手袋はホーム・バーのカウンターの上に置く。ダウン・ジャケットをシングル・ソファに放り投げ、歩行の中でブーツを脱ぎ捨てると、もう一脚のシングル・ソファに座り、オットマン(足置き台)に足を乗せ、身体を深く沈めた。
 リクヤの細々したものを散らかす行為は、ジェフリーと同居を始めてから改善されていた。しかし身につけているものを脱ぎ捨てることは相変わらずで、それは根本的にリクヤの癖なのだとわかった。彼は日課のジョギングから戻るとまずシャワーを浴びにバス・ルームに向かうのだが、脱いだもので動線がわかる。ジェフリーは最初、それらを拾って回った。注意もしたが改まることはなく、諦めて放っておいたら知らないうちになくなっていたので、脱ぐ時同様に自然に回収され、片付けられるべきところに片付けられているのだと理解した。
 同居を始めて三ヶ月。四半世紀になる付き合いでも知らなかったリクヤの一面を、新たに知ることが増える。いずれは彼の欲しいものを察することが出来るようになるだろうが、今年の誕生日には間に合いそうにない。
「ミセス・ブラウンはどうだった?」
「軽い膀胱炎。抗菌剤を出しておいた」
「膀胱炎! 大げさに騒ぐから何かと思ったじゃないか」
 リクヤの今日の往診先は、何かと理由をつけては彼を呼びつけるビクトリア・ブラウンと言う老婦人宅であった。八十三才の高齢だが血圧が高めであることと、少々忘れっぽくなっていること以外はいたって健康。ただ独り暮らしなので、ソーシャルワーカーから出来るだけ気にかけて欲しいと頼まれているのだ。
「でもないさ。彼女の大事な『パートナー』だからな」
「『パートナー』って、何? もしかして膀胱炎なのはアポロンか?」
 ジェフリーはソファからもたせかけていた背中を起こした。『アポロン』はミセス・ブラウンの九才になる愛猫である。
「そう。ドライ・フードが合わないんだろうよ。そろそろ老猫用のに換えた方がいいかもな」
「ドクター・ナカハラは動物まで診察なさるんですか」
「哺乳類だ。大して変わらんだろう?」
 リクヤはジェフリーの言葉にこともなげに返すと、テーブルの上の新聞に手を伸ばした。胸ポケットの眼鏡を再びかける時、チラリとジェフリーの方を見やる。老眼――つまり老いを理由にマクレインを辞めた割には、それを実感させられることにはやはり抵抗があるのだろう。
「ミセス・ブラウンのところだけの割には時間がかかったんだな?」
 ジェフリーはクスッと小さく笑って、老眼鏡から意識を逸らしてやる。
「ああ、道すがら寄り道してきたからな」
 リクヤはミセス・ブラウン以外に二、三軒、患者宅に寄って来たことと、それぞれの様子をジェフリーに報告した。
 アシェンナレイクサイドも高齢者の割合が多くなってきている。若い世代は牧畜や農業を嫌って離れていくが、その親の世代はこの土地に愛着を持ち、都会に住む子供が同居、もしくは引越しを勧めても、なかなか移ろうとはしなかった。ビクトリア・ブラウンもその一人である。
 その他にも残りの時間を病院ではなく自宅で過ごしたいと、ホスピスから戻って来た末期の癌患者などもいた。リクヤは彼ら達をマメに看て回った。こちらに彼が越してきて三ヶ月余りだが、ジェフリー以上に地域に溶け込み、頼りにされている。
 そんな人気者だから誕生日を知られると、プレゼントが届かないわけがない。その中にリクヤの『お気に召すもの』があったりしたらと思うことが、更にジェフリーを焦らせた。
――とにかくエツシにメールしなきゃだ。
 リクヤがコーヒーを飲み干し、ネットで株の市場を覗きに行くのを見計らって、ジェフリーはエツシへのメールを打つことにした。

作品名:So Wonderful Day 作家名:紙森けい