小瓶の紅茶
死ぬことは怖くありませんでしたが、彼女には一つ心残りがありました。それは自身が少女の頃に飲んだあの紅茶をもう一度飲んでみたいということ。彼女は紅茶好きなことで有名でしたが、あのとき友人が淹れてくれた紅茶と同じものには一度もめぐり合えずにいました。
彼女は何人もの知り合いに頼んでありとあらゆる紅茶を集めさせました。……しかし、そのどれもが彼女の求めるものとは異なるものでした。
彼女は落胆し、そして病気のために徐々に弱っていきました。
そしてついに彼女がベッドから起き上がれなくなってからしばらくしたある日、彼女の元を一人の少女が訪れました。その手に一瓶の紅茶を持って。その頃にはもう彼女は味を感じる事もできなくなっていました。
その説明を受けてなお、少女は自分に紅茶を淹れさせて欲しいと願い、彼女はその必死さに打たれて彼女の娘にポットやお湯を用意させました。
少女は感謝の言葉を述べると、手馴れた手つきで紅茶を淹れていきます。彼女はその動きにどこか懐かしさを感じました。
「さあ、どうぞ」
笑顔を浮かべ、少女は紅茶を差し出します。
彼女は今にも折れそうな骨と皮になった手で、そっとカップを持ち上げると口をつけます。
……するとどういうことでしょう。既に味覚の失われてしまったはずの彼女の舌に、あの時の味が広がっていきます。
「これは――もしかして、あなたは」
彼女があの時紅茶を淹れてくれた少女の名を呼ぶと、少女は「やっと気づいてくれたのね」とくすりと笑いました。
「さあ、行きましょう」
「どこへ?」
「とてもいいところよ」
少女は彼女の手を取り、まるで天使のような微笑みを浮かべます。
……しばらくしてお茶菓子を持って彼女の娘が病室に訪れたとき、その部屋には誰もいなくなっていました。
開かれた窓と、たった一瓶の紅茶を残して――。
「――で、これがその紅茶ですって?」
「ええ、その通りですわ」
「いかにも嘘くさい……ありきたりの三文小説みたいじゃない。あなただってそう思うでしょう?」
「それじゃあ、飲んでみますか?」
少女はそっと微笑みます。
「……きっと忘れられない味になると思いますよ?」