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【創作/ホモ】 彼が妄想

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第二章 666ページ2行目より

思えば私が売れない絵を描きながら浮浪者同然の暮らしをしていたとき、売春相手として狙いをつけていたのは裕福な老人であった。
 彼らは金払いがよく羽振りが良いし、しかもほとんどが不能であったから痛い思いをせずに済んだのだ。品のない玩具を使われることもあったが、彼らの萎びた肉棒を挿入されるより幾分かマシであった。
最初のうちこそ私は痛みと嫌悪で泣きじゃくっていた。それでも、だんだんと数をこなすうちに自身のコントロールが出来るようになっていった……無論それに虚しさのようなものを感じないでもなかったが兎も角私は相手の最も求めるものを表現し、次第にそこそこの金額が懐に入り始めた。
 まず最も助かったのが、部屋の暖房代が支払えるようになったことだった。それまでの私はすきま風の吹き荒ぶ中ボロボロの毛布にくるまって一人、歯をガチガチと打ち鳴らしながら震えていたのだ。
 久方ぶりに小さく燃える火は日の光よりも暖かく感じられ、私の視界は思わず滲んだ。次は毛布をもう一枚買おう。いつかは羽毛の布団を買おう。部屋の灯かりは点せなかったが私は満足だった。暗い中で凍えることなく粗末なスープを啜った。




第一章 459ページ8行目より
 その日も冷える夜だった。私は背中を丸め両の手をポケットにつっこみ、少ない電灯さえ消えかけた、そんな汚らしい路地を歩いていた。汚らしいアパートに帰るために。
 私の世界は汚さで完結し、それ以外はみんな他人が持っている。
 と、突如私は薄暗がりに引きずりこまれた。私と同じくみすぼらしい格好の、しかし私と違って体格の良い男が三人、いとも楽々といった風に私の痩せた体を押さえつける。
 私は蒼白した。彼らは追剥だと思った。私の懐にも部屋にも、金目のものなどないしそもそも金が無い。消え入りそうな声で言う。「金は持っていませんよ」。消え入りそうな声は消え入りそうな声なので実際消え入った。粗野な笑みを浮かべて目配せしあう彼らには聞こえていないようだった。
 ほつれた外套にいかにもゴツゴツとした、むさ苦しい手が差し込まれる。
 私はもう一度言った。「金はありません」肩が震えているのは寒さだけではない。「見逃してください」今度は耳に届いたのか、男の一人が私とゆるりと目を合わせた。しかし、濁ったそれは、次のようにに語った。
 そんなことは知っている。
 見ればわかる。
 咄嗟のことに硬直していた私は、そこで小さく引きつった。何かを感じたのだ。戦慄した。男たちの生臭い息が顔に、首筋に、かかる。
 思えば当然のことだった。私のように薄汚い痩せ犬から一体何を奪おう。むくつけき指のまさぐる先が金品で無いなら何を欲そうか。
そこから先は当然のことではなかった。
 口は塞がれ声も上げられず、勿論助けは呼べない、いや実際だ、その時私が助けを求めることなど出来ただろうか。そして誰がそれに応えただろうか。国も人も病んでいる。きっと何も変わりはしなかったのだ。何もだ。
 ……気が付くと私はほとんど素裸で星の無い夜を見つめていた。
 何一つ覚えていないわけではない。が、何も思い出したくは無かった。私は遮断した。想うは自身の喉に痰が如く絡みついていた浮かされたような黒い呪詛だけだった。呪う?私が?一体誰を?
 私は身を起こした。
 まず自身が「生きている」ことに安堵した。「殺してくれ」だとか「死んでしまいたい」だとか思っても、結局私は生きたかったのだ。そしてその安心が私には悔しかった。私と同じく底辺で暮らす者たちに私は奪われた。女みたいに。女より酷い。
 私の顔面は涙と唾液と鼻水でぐちゃぐちゃに汚れていただろうし、それはいわんや身体をもや。であった。だがそれらもすべてあの男たちの青臭い精で上塗りされ、既に乾ききっていた。私は私の汚れでさえも他人に塗り潰されるしかなかったのだ。
 身に凍み入る風に白い息が漏れた。破れたシャツの前を合わせて汚れた外套にくるまった。この時身に付けていた衣類は全て縫って洗って、その後も着続けていた。他に服を持っていなかった。
 街灯に寄りかかりながらフラと立ち上がる。
 その時、ようやくそれに気が付いた。くしゃくしゃに丸まって、ただのゴミだと思っていた。金だ。
 一枚だけ、ボロボロによれていたがそれは紙幣だった。持ち主は、持ち主だった者は知っている。知りたくない。私は何も知らない。全て忘れた。それを引っ掴み、砂と一緒にポケットに捻じ込んだ。乱暴に。
 帰路を行く。私は家に帰る半ばだったのだ。一人きり、ボロ布と化した衣服を纏ってすきま風の吹き荒ぶ部屋に戻るのだ。途中、一度だけどうしようもなく吐き気が込み上げると崩れかけた塀にもたれてえずいた。吐けなかった。
その日は朝から一かけのじゃが芋しか口にしていなかった。嘔吐出来ようもない。
 結局私はこの国だとか世界だとか、そういうものに少しの吐瀉物を浴びせてやることも赦されなかったのだ。




「やぁ、お久しぶりです。御機嫌よう」
「久方ぶりだな。てっきりくたばったものかと思っていたぞ」
「おかげ様でこの通り。この度はこちらの御本をお返しに参りました」
「ふっ、返さずとも良い。本の一冊くらい、貴様にくれてやるわ」
「よろしいのですか。ではお言葉に甘えて頂戴するとしましょう……それにしても感心致しました」
「当然だ、感嘆されることには慣れている。で、何がだ?」
「御本の内容にですよ。よもや自伝を執筆されるとは、君は本当に多才でおられる」
「私に出来ぬことはない。この能力を文壇においても発揮すべきだと感じてね」
「しかし君ほどの人物もお若いうちは随分と苦労なさったようだ」
「いや、前半はすべて脚色と誇張と演出により製作されている」
「おや君それは、要するにそれは嘘なのではありませんか」
「だって私は生まれながらの世界の王なのだよ」
「何故あのような長編りの嘘をつかれたのです?」
「民衆は共感させねばなるまい。彼らが最も感応するのは弱さであり貧しさなのだ」
「ほう、それはそれは。覚えておきましょう」
「覚えておくが良い神霊の王よ」
「しかし君、あまりにも嘘の部分に力が入り過ぎてまるで官能小説のようでしたが」
「それは私がどうにも完璧主義故さ」