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御堂さんちの家庭の事情

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 十二月。クリスマスイヴが明日に迫った土曜日の午後。あたしが宿題の算数ドリルをやりつつ言ったら、机で本を読んでいた巽が、着ていた藍色のシャツの肩を落としながら微妙な顔で振り返った。
「悪くないと思うけど、それって悪の手先ってよりは正義の味方がすることじゃないかな」
「まあ!じゃあどうするのよ!これからも毎朝、家をあのアホ犬のトイレの代りにさせておくの!?」
「それはイヤだし、ガルちゃんもさんざん「けしからんバカ犬だ!」って騒いでたけどさ。でも、悪いことってもっとこう、違うことのような気がするんだよね。例えばグレてみるとか」
「グレるのは構わないけど、具体的になにをしたらいいのかしら、それ……っていうか、下、五月蝿いわねぇ」
 あたしたち姉弟の部屋は二階にあって、階下の居間ではママ念願の床暖房を設置するべく工事が行われている真っ最中だった。
 結局「お母さんがやりたいって言うならやろう」ってパパのメールであっさり決まった工事は意外と簡単で、一日で終わってしまうと言う。それなら年末も近いし、ついでだから大掃除もかねてしまおうと言うのが、パパの代りに現在我が家の家事を一手に担うお兄ちゃんの計画だ。
 そのお兄ちゃんは大工さんたちの休憩の時に出すお茶の準備だの、大工さんたちの手伝いで工事に邪魔な家具を庭に出したりだの、下でてんてこ舞いになりながら働いている。
 我が兄ながら、ホントに忙しい人だと思う。血を分けた実の息子のくせに、ママとは正反対だ。
「工事、まだ終わらないのかしらーって、それで巽、グレるって具体的にはどうするの?」
 あたしが聞いたら、巽は椅子ごと体を回転させてあたしを振り返りながら首をかしげた。
「さっき覗きにいった時はもうほとんど終わってたよ。終わったら兄さんが呼ぶから、僕たちは大工さんたちに間違って変なことしないようにおとなしくしてろってさ……どうするって、王道としては夜更かしして遊んでみるとかだと思うけど。ほら、夜遊びは非行の始まりって言うじゃない」
「お兄ちゃんに信用ないわよね、あたしたち。まぁ仕方ないけど……夜遊びは却下ね。夜は眠いし肌荒れしそうだもの。何より寒いじゃないの、バカね」
「じゃあまたお父さんのお酒でも飲んでみる?お父さん用のビールとか、あるよ、冷蔵庫の中」
「えー?やあよ、お酒なんてキライだわ、苦いし不味いし。おまけにあとでものすごく気持ち悪くなるの、いいことないじゃない」
「僕はそういう風にはならなかったけどなあ……じゃあ煙草を吸ってみるとか、どうかな。兄さんが友達から海外旅行のお土産で貰ったやつがあっただろ、下に」
「あー、あのなんか怪しいニオイがするやつね。興味がないこともないけど……うーん、やっぱり煙たいから、嫌」
「嫌、って……じゃあどうするんだよ」
 巽が呆れた顔であたしを見た。あたしがそうねえ、なんて自分の長い髪をいじりながら考え込んだ瞬間、ドアから別の声が響く。
「なんと!!小若様に小姫様が揃って悪事のご相談とは、なんとなんと頼もしい!」
「ガルちゃん!」
「入ってきちゃったの?」
 少し開いたドアの隙間から、ガルちゃんが小さい頭をぴょこっと覗かせて、ウキウキした様子でそう言った。
 あたしと巽が尋ねると、濡れた鼻先でドアの隙間を押し広げたガルちゃんがするりと部屋の中に入って来て、ひょいとあたしの白いワンピースの膝の上に飛び乗る。
「今日はお屋敷の中を正体不明の輩が不特定多数出入りする日にございます故、一若様(いちわかさま)が特別に入れて下さったのです。いいえいいえ、それより主が御子様方は、なんぞ悪事をお企みであったご様子。それでこそ「無貌の神」の異名を持つ大魔族にして、我らが誇り高き長の血を引く御子様方でござります。と、いうわけで御子様方の邪魔は決していたしませんゆえ、どうかどうか、その企みごとに我も混ぜてはくださらぬか!」
「ガルちゃん、何か良い案があるの?」
 巽がきょとんとそう聞いた。ガルちゃんが嬉しそうに尻尾を振りながら言う。
「ございますとも!禍事であれば、このガルムにお任せあれ。さて、何を致しましょうか、御子様方?そこらを歩いている人間を頭から喰らいましょうか、それともぺちゃんこに踏み潰しましょうか?お望みとあらば今すぐにでも、適当な獲物を見つけて参りますぞ!」
「うーん、それはグレるっていうのとは、ちょっと違うと思うんだけど、僕」
「そうよねぇ。いきなり殺人って、ちょっと荷が重いわよねぇ」
 ガルちゃんは、普段は黒くて滑らかな毛皮とくりんとした目が可愛らしい、我が家の玄関を護る番犬だ。見た目はロングコートのチワワにそっくりだけど、その人気犬種特有の愛らしい姿は、実は世を忍ぶ仮の姿なのだと言う。
 でも実体がどんなだろうと、それでどんなに怖い事を言ったって、くりんとした大きな目をうるうるさせながら可愛らしく小首を傾げちゃったら、迫力なんてまるでないわけで。
「ヒトゴロシは荷が重いと申されますか?では軽く世界征服など如何でござりましょう。いやいや、てっとりばやく天変地異の方が……」
 そうして、「ゲーム感覚で人間どもを皆殺しに出来まするぞ!」とか目を輝かせて言うガルちゃんに、あたしと巽が顔を見合わせて苦笑いした、その時のことだ。
「じゃあ、壁にスプレーでいたずらがきしてみるとかはどうかなあ。あれ楽しそうだよね。漢字で『夜露死苦』とか一辺書いて見たくない?」
「うわきゃっ!」
「うあ、びっくりしたぁー!」
「奥方様!」
 ドアからまた別の声がかかって、あたしと巽とガルちゃんがビックリしてふり返る。
 見れば、ドアのとこにはパジャマにしてるもさいジャージ姿のママが立っていて、にこにこあたしたちを見下ろしていた。ドキドキする胸を抑えてるあたしたちに、ママはちょっとむくれた顔をする。
「なんだよ、そんなびっくりすることないじゃん。酷いなぁ」
「い、いきなり来ないでよ、ママ!」
「そうだよ、ちゃんとノックしてってば!」
「ええ?したよー。したけど返事がないから……」
 入っても良い?とママが首をかしげたので、あたしが頷くと、ママは笑って部屋に入ってきて、あたしのベッドに腰掛けた。
「下が工事してると五月蠅くて昼寝も出来ないしさ。嵐は『母さんはジャマだから下に降りてこないでくれ』とか言うし。意地悪だよね……つーかなんの相談してたの?」
 ママとお兄ちゃんの、親子が逆転したような内容の会話に、あたしと巽は顔を見合わせる。
 うちのママは世間一般のママとは違う。他所さまのお家のママがするみたいなことは何一つしない、っていうか出来ない。
 何しろママってば、お料理させれば半日かけてまるで食べられないものを作り、洗濯させれば何故か服を破く、という有り様で、家事をやらせればやらせるだけ他に被害が出るもんだから、逆にあたしたちの手間が倍増する。だったら最初から大人しくさせておいたほうが良いってことで、だからうちのママは本当になにもせず、ただのんびり家にいるだけの人だ。隠居してると言っても過言じゃない。
「ぐれるって具体的にどうしたらいいのかしらって話してたのよ。悪いことって難しいものよね」
「ほら、僕たち人類の敵一家なんだから、一応さ」