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揺れる髪

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瀬戸大橋が出来たのは大久保 諶之丞の発案から100年後の1988年の事
完成当時友人は橋を徒歩で渡り、私はその下の海面でヨットレースに興じていた。

 橋が渡る以前、その工事が行われている頃本州と四国を宇高連絡船が結んでいた。
国鉄の宇野駅を降りて連絡船へと向かい、タラップを渡ると席に荷物を置き確保する。
その後人々は競うようにデッキへと向かい、うどん売り場で掛けうどんを買うと立ったまま食った。赤い蒲鉾が一切れとわかめも少し乗っていただろうか、今思うにそう美味いうどんとも思えないが、それが美味く感じるのは四国へ帰ってきたという安心感や旅の風情によるもなのだろうが、実は何よりデッキを吹く潮風が隠し味だったのではないかと思う。

 私は出張帰りにこの連絡船に乗り宇野を出航した。うどんを食べる訳ではなかったが天気も良かったのでデッキに出ると左舷側の手すりの所に若い女性が立っていた。ベージュのロングのフレアスカートで上はスカイブルーのシャツだったろうか。髪は「振り向かないで○○の人」というコマーシャルよろしく、ストレートのさらさらなロングヘヤーをデッキを流れる潮風に揺らし、フェミニンな細身のその娘さんは重ねた両手を手すりに掛けて過ぎ行く島を見ていた。
それを見たとき、これは知り合いにならねば・・・
そう考えた私は何か話しかける口実はないかと考えた。
 さて、何かいい方法は・・・なにか口実はないか探そうと船内に入ると売店にあるオレンジの果汁を吹き上げるジュースクーラーが目に入る。そこでオレンジジュースを2杯買うとそれをもって彼女のところへ行った。そんな面倒なことしなくても「こんにちは」と声を掛ければいいのだがそれが出来ないので物に頼るわけだ。
そこでジュースを差し出し「あのよろしかったらこれ飲みませんか」と声を掛けると嫌な顔一つせず「ありがとうございます」と笑顔で受け取ってくれ一気に打ち解けて話が出来だした。
まあ漫画のような話ではあるが、それが昭和といえばそれまでだろうか。

 彼女は東大阪に住んでいて、お姉さんが出産で高松に居るのでそこへいっているのだと教えてくれ私は出張帰りでと話をした。
なんとも可愛らしい人で、潮気で曇る腕時計のガラスをクルクルッと拭きにこっと笑う仕草は今でも忘れられない。

 話しているうち、連絡船は数十分もすれば高松に着く。
それまでに名前や連絡先を聞けばいいのに、うぶな私はそれをすることなく結局高松に着き「ではお元気で」と言葉を交わし船を降りると、その人は高松駅を出私は連絡の土讃線に乗った。当時桂きん枝が出ている、そういった情報がない相手を探す番組があったのでそれに応募しようかと何度思ったことか。

 橋が渡り連絡船が無くなったことは仕方が無いが、この連絡船の1時間。
これを今映像にしようとしてもこれが難しい。この女性と過ごした数十分の雰囲気は車でも列車でも、ましてや飛行機でも表現することは出来ないだろう。

連絡船うどんと共にジュースクーラーの中で舞うオレンジの液体は
数十分の恋愛風景の一つになって私の思い出として焼きついているのである。
作品名:揺れる髪 作家名:のすひろ