帰路
夜はあまり好きではない。暗いのが怖いからだ。幽霊や妖怪なんかは信じていない筈なのだが、どうも後ろから何かが追いかけてきて私に襲いかかるのではないかという想像をしてしまうのだ。
普段はそんなことは考えないのだがつい先刻、友人から聞いた怖い話が悪かった。
きっと友人はこんな時間に私が一人で家までの距離を歩いて帰らなければならないというので、怖がらせようとあんな話を聞かせたに違いない。
しかも今日はかなり寒い。関係あるのかどうかはわからないが、寒いとより怖く感じてしまうような気がする。
私は悴んだ手を擦りながら早足で歩いた。時折後ろから誰かついて来ていないか気になって、振り返ってみる。当然ながら誰もいない。居たとしてもわからないが。
────しばらくして異変に気付いた。
後ろに誰かの気配がしたのだ。
気のせいじゃなくて、何者かが私の十数m後ろにいる気配がある。
こんな寒い夜遅くに外を出歩くなんて気違いと私以外あり得ない筈だ。ということは……
もう私は後ろを振り返ることは出来なくなっていた。今出来ることは平然を装って出来るだけ早く家に辿り着く事だ。
そんなことを考えている短い間に、後ろの気配はさっきよりも少し近くなっていた。
私は怖くて寒くて顎はガチガチ鳴っているし、足はブルブルと震えていてかろうじて踏み出せている程度だ。所謂極限状態という奴だ。
今に私は後ろの存在に襲われてしまうだろう。
そうなると私は謎の死を遂げた人物として新聞等にとりあげられるのだろう。
それはまずい。うっすらと生えている髭も剃ってないし、眉も整えてない。唇は乾燥して割れてしまっている。
人はこんな私を見てどう思うだろうか。
どうせ死ぬのなら少しだけ時間が欲しい。
…………変な方向にいってしまった。
なぜこの状態でこんな事を考えられたのかが自分でも不思議でならない。
そんな変な事を考えている間に気配は私の5m後ろにきてしまっていたらしい。
もうどうにでもなれ!
と思いきって後ろを振り返った。
────後ろには何もなかった。
私は少し呆然としてから自傷気味に短く笑った。