泣き虫なキミ
「涙腺が故障しちゃってるんじゃないの?」
「そんなことないもん」
そういっては、瞳にうるうる溢れるしょっぱい液体、キミの純粋な透明の涙。
そのくせ、ドラマで泣いてるボクの横で不思議そうに眺めている。
「どうして泣いてるの?」
「だって彼女可愛そうでしょ?」
「そっかなぁ」
でも、ボクとキミが同じ時もある。
「はぐれたあの子、おうちに帰れるかな。群れに会えるかな」
「ドキュメンタリーはやっぱり泣ける」
「うんうん。ティッシュひと箱抱え込みだよね」
どうやら、キミの涙のスイッチは、自分に関わることだと入るようだ。
しかも、泣かせてしまうのはボクの言葉?
ボクとの話にキミの瞳がうるうると涙に溺れていく。
そう、先日もこんなことでキミが泣いた。
ボクが、キミの勘違いをにこやかに伝えたつもりだった。
「そこは、可笑しかったでしょ」
「うん、そうね。わかった」
「でしょ…変だよ。天然だってわかるよ」
状況も含め、どのワードがNGだったのかボクも思い出せないくらい些細な言葉だった。
「だって……」
(あちゃー)
ボクは、そんなキミを胸にうずめてあげたくなる。
ボクの服の胸元の色が濃くなろうと、ボクが全部受け止めてやりたくなるんだ。
だけど、ある日のこと。
ボク自身、(しまった!)と思うような言葉を出してしまった。
さて、大雨かと、溜め息三倍分の息をついてキミを見た。
「あれ?今日は泣かないの?」
「うん」
「でも本当は、泣きたいでしょ?」
「うん。でももう泣かない」
「どうしたのかな?」
「……」
「強くなったね」
「うん。もうママになるんだから」
「え?……」
女の子って不思議な生きものなんだ。
次にキミの涙を見たのは、キミの嬉しそうな笑顔の時だった。
きっと、必死で辛かっただろうと思うのにキミはとても優しい顔をしていた。
ああいうのを『うれし涙』っていうのかと知った。
あれから幾年も過ぎたけれど、キミの涙はいつも楽しそうだった。
「イテテ、お腹の皮が捩れちゃうよー」
涙まで流して笑い転げるキミ。
「大きくなったね」
その子の式の間中、ビデオを撮るボクの横でハンカチが離せなかったようだ。
「おめでとう」
この時は、ボクのほうがいっぱい泣いてキミのことどころじゃなかった。
そしてあの時、キミのお腹にいたその子のお腹にまた新しい命が宿っている。
泣き虫なところがそっくりなその子もボクのような誰かを愛したのだろうか?
悔しさもなくはないが、ボクの感情は不思議と穏やかだった。
彼女に優しく微笑むことを教えてくれたのだから。
『ありがとう』
キミには言いたいけれど、本当は、そんなこと言えるほど嬉しくはない。
仕方がない。
その子の子を抱けるのだから ヨシとしようか。
ボクの心のフォトフレームにはいつまでも『泣き虫なキミ』が飾られている。
― 了 ―