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掴み取れない泡沫

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25.太田塁



 師匠の知り合いがイタリアと吉祥寺にいるというので、師匠に「現実的な返信をお願いします」とフランス語でメールを送りつけた。今日は吉祥寺まで足を伸ばした。機械が何かを削り取るような音が響く工房に向かって「すみませーん、花園さんいますかー」と声を張った。
 てっきり工房の奥から誰かが出てくるのかと思っていたら、結構手前からにょきっと女性が立ち上がる。
「先生は今、留守ですけど。学生?」
 俺は自分の出で立ちを再確認し、そう言われても仕方がない服装をしている事に今更気付く。
「一応社会人。先生に連絡取れます?」
 彼女は小さな器械を床におき、壁付けになっている電話で花園さんに連絡をとってくれたので、俺は電話を代わった。
「あの、いきなりで申し訳ないんですけど、貝殻の加工がしたいんですよ。先生ならできるかなーと思って」
『ああ、だったらさっき電話に出た曽根ちゃんに教えてもらってよ。俺よりうまいから。俺、夕方にならないと戻れないから。ちょっと曽根ちゃんに代わってくれる?』
 俺は初対面にも関わらず「そねちゃーん」と呼ぶと、彼女は顔を真っ赤にして肩で風を切りこちらに向かってきた。電話をぶんどると、花園さんと何か話をして、乱暴に切った。俺はその間にカバンから貝殻を取り出した。
「貝の加工って、何に加工したいの」
 俺にも負けず劣らずぶっきらぼうな物言いをする女性で、おかしな親近感を覚える。俺は近くにあった椅子を引き寄せて座った。
「そうだなぁ、ネックレスのヘッドがいいかなぁ。そういうの、できんの?」
 彼女は手から軍手を外して、細長い指で俺の手の平から貝殻をつまみ上げた。
「表面を削って、何色っていうんだろう、光るときれいに色がでる、みたいな感じには出来るけど」
 そう言うと、彼女は先端が回転する器械を使って、貝殻の一部分を削ぎ落とした。
「ほら、こうやって滑らかにすると、光を反射してきれいに見えるでしょ」
 俺は彼女の顔の横に自分の顔を寄せて、光を受ける貝をじっと見つめた。「ほんとだ、奇麗」
 ふと横に目線をやると、すぐそこに曽根ちゃんの顔があり、曽根ちゃんは笑っちゃう程真っ赤になったので、笑った。「警戒してる? 俺の事」
「先生から聞いた事ある。フランスに行ってた人でしょ?」
 俺は少し驚いて、「何で分かった」と脚を組みながら訊く。
「私と話し方が似てる男がいるって。フランスにいて、もうすぐ日本に戻ってくるって聞いてたから。ま、さっきは学生だと思ったけどね」
 そういう曽根ちゃんだって、ぱっと見は学生だから「何歳?」と不躾に訊いた。
「23になったところ」
 タメじゃんかーと俺が手を差し出すと、無視されて、俺はその手をどこにやったらいいのか分からなくて困る。結局「ハンドシェイクプリーズ」と言ったら笑いながら握手してくれた。
「シェイクハンドでしょ、変なの」なかなかその視線をとらえる事が出来ない。
「ネックレスのヘッドに加工するとしたら、何を用意すればいい?」
 俺は曽根ちゃんに一通りの事を訊き、曽根ちゃんと花園さんのメールアドレスと電話番号を訊いた。勿論、下心は一切なく、ヘッドを作るために訊いたまでだ。
 夜、花園さんに電話をすると、曽根ちゃんは工房でバイトしながら勉強をしているのだそうだ。大学では金属や石の加工なんかを学んだらしく、ヘッド加工の件は曽根ちゃんに一任しておいてくれると言う。
「俺みたいな女だったなー」
 誰もいない部屋で、頭の後ろで手を組んで独り言を言う。頬を赤く染めて軍手をしている曽根ちゃんの顔を思い出すと、何だか胸の辺りがもぞもぞするのが分かった。これって何だろう。俺はどうしちゃったんだろう。こんな感覚は久方ぶりではないか。


 翌日、再び吉祥寺の工房を訪れると、花園さんと会えた。
「久々です、太田です」
「こんちわ。ダニエルさんから話は訊いてるよ。あとは曽根ちゃんのところで。曽根ちゃん、太田君をよろしく」
 花園先生の声に曽根ちゃんは立ち上がり、俺を手招きするので、昨日持ち帰った貝殻と、部品をカバンから出しながら曽根ちゃんに近づいた。
「よろしね、曽根ちゃん」
「よろしく......」
 名前を言い損ねている様子だったので「塁でいいよ、同い年だし」とフォローする。
 その後すぐに、ヘッドの形状を決めに入り、メモ帳に少しずつ形の候補を挙げて行く。必要な金属部品は、曽根ちゃんが加工してくれると言う。貝殻は俺が少しずつ削っていく。
「削って、磨いたら、それにあわせて金属をくっつけて、完成になるから。誰かにあげるの?」
 俺はやああって「まぁ」と答える。
「彼女?」
 全くこちらに視線を向けないあたり、俺にそっくりだ。
「違うよ。もうすぐ嫁に行く、俺の娘みたいなやつに」
 なにそれ、とやっとこちらに笑顔を向けた。笑うと一気に雰囲気が柔らかくなる。
「曽根ちゃんは、笑ってる方がいいな。俺がいる時はとりあえず笑っといて」
 彼女はまたもや真っ赤になって「わけ分かんない」とぷんすか顔を逸らしてしまった。ツンデレなのか。なかなかイジリ甲斐があるなぁと思いながら、胸の中に渦巻くもぞもぞがだんだん大きくなるのが否が応でも分かった。


作品名:掴み取れない泡沫 作家名:はち