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掴み取れない泡沫

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11.寿至



「俺にもすぐ連絡寄越せよ」
 どこを見てるのかよく分からない顔でビールを飲む塁の横顔にそう声をかける。
「番号知らねえもん。智樹と矢部君の番号しか控えてなかったから」
 カバンのポケットから、くしゃくしゃになった紙を取り出し見せてくれた。塁の几帳面な文字で智樹と君枝ちゃんの名前と電話番号、メールアドレスが書いてあった。
 俺は結局、智樹を経由して塁が帰国した事を知り、塁に連絡を取った訳だ。
「で、二人に会ったのか?」
 スーツの上着が暑くて、俺はそれを脱ぎながら質問を続けた。
「元気そうだったか?」
「あぁ、二人とも別々に元気だったよ。何で別々になっちまったんだろな」
 自分の事みたいに沈み込む塁を見ていて、こいつらの複雑な関係性を思い出す。
 智樹の「君枝と別れた」というこの世の終わりみたいな声を聞いた時、それはそれは驚いた。あの二人はずっと一緒にいるのだろうと思っていた。俺と拓美ちゃんの関係の方が余程危ないと思っていたのに、先に壊れてしまうとは。しかも理由が分からない、と智樹は言っていた。
「詳しく知らないんだ、俺は。お前は聞いたのか、色々」
「色々聞いたよ。二人から聞いたから、俺はすごいよ。情報の宝庫だよ」
 知りたかネェよ、そう言って笑い、ビールに口を付ける。
「もう戻る事はないのかね、あの二人は」
 俺の質問に塁は、遠い目をしながら「んー」とあやふやに声を発し、枝豆を一つとると口にぽんぽんと豆を飛ばしていった。
「お互い、忘れられないみたいだけどな。もう二人には接点がないからなぁ。それに、矢部君は今、殆ど俺の彼女みたいなもんだからな」
 思わずぎょっとした目で塁を見る。至って冷静な体でいる塁の頭の中身が俺には理解できない。俺の目線に気づいたのか、塁がこちらを向いて、「あぁ」と口を開いた。
「矢部君の職場と俺んち、近いんだ。だからちょいちょい家に来るし、矢部君は今フリーなわけだから? 別に俺が手を出したって良いわけじゃん」
 ごもっともな話だ。俺は頷くしかなかった。あのおかしな三角関係ならば、そういう選択もありえなくないのだ。まぁ、君枝ちゃんが塁を恋人として受け入れたというのが驚きだが。
「で、拓美ちゃんとはその後そのまま?」
 ビールを飲み下しながら頷き「順調だよ」と言う。職場は遠いが、二駅ほどしか離れていない場所に家を借りている俺たちは、しょっちゅうお互いの家を行き来している。何事もなければこのまま、将来を誓い合う間柄になりたいと思っている所だ。
「お前は仕事、順調なのか?」
「まぁね、会社員じゃないから収入は安定しないけど、結構コンスタントに師匠が仕事送ってくれるから、食ってはいけるかなっていう程度」
 俺たちの間で唯一夢を叶えた塁は、ヒーローみたいなものだ。犯罪心理学を学んで警備会社の事務員になってしまった拓美ちゃんも「塁だけは!」と祈るように塁の成功を願っていたっけ。
「中等部からだもんな。野球ばっかりやってた頃から、こうやって社会人になって酒を飲み合うような仲にまでなるとはな」
「んだね」
 ぽんぽん枝豆を口に放り込み、塁はなかなか酒が進まない様子だった。もともと酒に強い方ではないから仕方がないか。俺は二杯目のビールを注文した。
 無遠慮な塁の事だから、智樹がいたって「俺は矢部君と恋仲だ」と公言しそうなものだけど、今日は「智樹抜きで良いか?」とわざわざ言っていたところを見ると、こいつもちょっとは大人になったという事なのか。それでも智樹に気を遣っている塁の姿というのは、何だか酷く居心地の悪い物だった。


作品名:掴み取れない泡沫 作家名:はち