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珈琲屋の女

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珈琲屋の女




 晩秋の午後のことである。武井健次郎が横浜市内のとある運河べりで油絵を描いていると、双子の少女たちが彼の周りで遊び始めた。少女たちが何をして遊んでいるのかは、武井の関心の枠外のことだった。時折船の汽笛が聞こえて来ることもあれば、少女たちの笑い声が聞こえるときもあるものの、概ね静謐な時の流れの中で着々と制作は進行していた。
「おじさん。ミッキーを描いてくれないかなぁ」
「ほら、あのお船にね、この前ミッキーがいたの」
「あの船ということは、この船だね?」
「そうそう。そのグリーンのお船の上だった」
 二人の少女は真剣なまなざしを武井に向けている。
「やっぱりそうか。この前描きに来たときにぼくも見たよ。そのときを思い出して描いてやろう」
「じゃあ、お願いね。しっかり描いてくれないとだめよ」
「本物のミッキーを描くのよ」
 偶々持って来ていた週刊誌の背表紙に東京ディズニーランドのクリスマスイベントの広告があり、武井は着ぐるみのミッキーマウスの写真を十号のキャンバスの片隅に模写した。その雑誌は、制作が終了した際に絵筆の絵の具を拭い取る目的で持参してきたものだった。
「わぁ!本当に本物のミッキーちゃんだわ」
「すごーい。おじさんは絵の天才ね!」
 ひとしきり喜んでいた少女たちは、
「ママにも見せなくちゃ」
 そう云って駆け出した。そのすきに武井は頼まれて描いたキャラクターを布で拭い取り、風景画の制作に戻った。
 概ね絵が出来上がると、武井は帰り支度をし、帰途についた。
 駅へ向かう途中で彼は「珈琲屋」という名の小規模な珈琲店に寄った。そこには一人だけ、女性店員が居た。
「いらっしゃいませ」
「ブレンドコーヒーをお願いします」
「はい。かしこまりました……絵をお描きなるのかしら」
「はい。そこの運河で描いてきました」
推定年齢は三十前後だが、見る角度によっては随分若くも見え、少女っぽいようなものをも垣間見せる。
「わたしも絵は好きで……描けないんですけどね」
「なるほど。いい絵を飾ってありますね。いやぁ、感動しました。両方とも素晴らしい作品ですね」
この店には大き過ぎると、武井は思った。共にサイズは十五号らしい風景画だった。所々にペインティングナイフを使っている。全体的に渋い色調ながら、決して暗くはなく、むしろ華やかさを感じさせる点が、二作品の共通項と云うことができた。
「桐山洋と、野中周平です」
 武井の首筋のあたりが鳥肌立った。
「驚きました。二人とも昔の知り合いです。あの二人がこういう絵を描くようになったんですね。そうですかぁ」
「お二人ともコーヒーがお好きで、年に一度くらいはお見えになります」
「昔、チケット制でクロッキーをさせるところがあったんです。そこで知り合って何度か新宿の方へ飲みに行きましたよ……なるほど。ここのコーヒーは美味いな。私も年に一度とは云わず、ちょくちょく寄らせてもらいますよ」
「ありがとうございます。是非またお願いします」
「ところで、彼らはこれだけのものを描くんですから、結構有名な画家になったんでしょうね」
「お二人とも公募展の審査員をしているそうです。会の名前は忘れましたが」
「そうですか。そうでしょうね。いつまでも見ていたい絵ですよ。これは」
 そこへ見覚えのある少女たちが店の中に入ってきた。
「あっ!さっきのおじさんだ」
「本当だ。おじさんもコーヒーが好きなのね」
「うちの子たちです」
「そうですか。二人ともお母さんのような美人になりそうだな」
「ねえ、コーヒーが好きなのよね」
「ああ、そうだよ。だからここにいるんだ」
「あっ。もう一度ミッキーちゃん見せて」
「見たいな。上手だったよ、ママ」
「……ごめんね。ミッキーマウスは忙しいから、ディズニーランドに帰っちゃったんだ」 


作品名:珈琲屋の女 作家名:マナーモード