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カリスマサーファー

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カリスマサーファー




 坂野剛はクラスで一番の人気者だっただけではなく、第三中学の中ではスター的存在だった。担任の相田文雄は、坂野がクラス委員になったときは嬉しかった。国語の授業中に坂野が発言すると、生徒たちは全員が拍手をした。
相田は水泳部の顧問としても、坂野に期待していた。彼が県大会の百メートル平泳ぎで優勝したときは、相田が買ってお祝いのデコレーションケーキを祝勝会の会場に持って行った。
独身の相田が風邪で寝込んだときは、坂野が相田のアパートへ来て看病をしてくれた。
「独身の先生には云いにくいけど、俺が結婚するときは仲人をしてくれよな」
「お前は水泳も大したものだけど、結構文才もあるよな。小説を書いてみないか。先生が指導するからさ」
「その前に先生が芥川賞を取ってよ。期待してるんだぜ」

 あれから十年が過ぎたとき、坂野が海で溺れたという悲報が相田の勤める高校に舞い込んだ。夕方に相田が病院に駆けつけると、そこには中学のときの同級生たち、つまり相田の教え子だった青年たちが集まって泣いていた。そのうちの一人が相田の顔を見ると泣きながら訴えた。
「先生!坂野が昨日の朝、サーフボードに繋がれたまま海で発見されたんだ!」
「勿論、両親もここに来ているんだろう?」
「集中治療室の前にいるよ」
「そうか。ちょっと行ってくるよ」
 坂野の両親は泣きながら相田を昏睡状態の坂野が見えるところまで連れて行った。鼻に管を差し込まれて横たわる坂野の顔は、日焼けのせいもあってか土の色になっていた。坂野のあの輝くような笑顔がもう二度と見られないかも知れないのだと思うと、相田も涙を禁じ得なかった。

 翌週になって坂野の葬儀に参列するために、相田がその駅舎から出ると、大勢の若者たちが長い行列を作っているのが見えた。相田はタクシーの初老の乗務員に質問した。
「運転手さん。こんな町でこれからロックフェスティバルでもあるんですか?」
「お客様は坂野剛を知らないんですか?彼の葬儀のために、全国からサーファーが来ているんですよ。坂野君は有名なカリスマサーファーだったんです。サーフィンの大会で何十回も優勝して、テレビにも何度か出てましたよ」
 葬儀の会場の寺までは、駅から二キロ以上も離れているという。そこからの行列だから、弔問者の数は想像を絶するものである。相田は感動を覚えた。
「彼がテレビに出たときのビデオは、うちにもありますよ。云うことが面白くってねえ、うちの娘たちも大ファンだったんですがねぇ」
「そうですか。私は彼の中学校での担任だったんですが、彼は当時から凄い人気者で、云うことも書くことも面白い生徒でしたよ」
「そうそう、彼の書いたサーフィンに関する随筆集が出版されるというので、うちの娘たちも昨日それを本屋に注文したと云ってます。先生も早く注文したほうがいいと思いますよ」
 相田はそれを聞くと再び感動を覚えると同時に、嗚咽しないではいられなかった。数年前に漸く結婚した彼は、坂野からの仲人の依頼を愉しみにしていたのだった。


               了