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honeymoon -宵待杜#03-

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 しゃらん、しゃらん、しゃらん。
 空から零れるまぁるいドロップを君にあげよう。





 小さな足が、小さな歩幅で砂利を踏む。
 もう一つは、それよりも大きな足で、小さな歩幅を待ちながら。
 変則的なリズムを刻んで、軽い足音は鳴る。
 少女の小さな足は、あちこちの興味の対象に向かって、ふらふら、ふわふわ。
 夜風の渡る川縁を、聞こえた虫の声や、揺れる野の花に呼ばれるように、一つ一つに駆け寄っている。
 だから、迷わないようにその手を繋いで。
「蜜月。マスターが待ってるんだから」
「んー」
 少年の注意を促す声に、それでも未練を残したように、蜜月は辺り全てを興味深そうに琥珀色の瞳に映していく。
 宵待杜という、喫茶店兼雑貨屋のような不思議な店の店主に、新しい茶葉を取りに行ってくれないかと頼まれたおつかいの帰り。
 いつもの道、いつもの景色だというのに、少女の瞳に映るものはいつも新鮮らしい。
 彼女が歩くリズムでボリュームのあるスカートの裾が彼女の足先で揺れる。透かしの入ったレースが、蝶のようにひらひらと彼女の足先を先導して。
 そのうち、彼女の足取りが、徐々に重たくなっていくのが足音でわかる。それにあわせて、少年は歩幅を縮めた。
 と、縮めた歩幅が引き留められる。
「深景ちゃん」
「蜜月?」
 手を引く力に呼ばれて振り返る。
 見上げた大きな蜂蜜色の瞳。まるで、月をそのまま写し取ったような。
「……おんぶー」
 甘えた声に、深くため息。
「だからふらふらするなって言っただろ」
 疲れたと言うことは目に見えていたことだけれど、蜜月の好奇心を押さえられないのも、またわかっていたこと。
「だってー。……だめ?」
 そうやって、可愛らしく小首を傾げて。
 いつもはしっかりしている等と言われることのある少女の、こんな甘えた仕草。
 それが、自分にだけ向けられるモノだと知っているから、諦め混じりの声を作りながらも、深景の返事は決まっている。
「……仕方ないな」
 ため息と一緒に零れる言葉は、甘い甘い綿菓子のよう。
 そんなお菓子をもらったように、蜜月は小さな丸い手を叩いて歓声を上げる。
 いつもはクールで厳しく見せている少年の、こんな甘い一面。
 砂糖菓子のような少女に、とろけるような目元で微笑んで。
「ほら」
 差し出した背中にのった暖かい重みは、深景の首にぎゅっと腕を回してしがみついた。
 蜂蜜色の波打つ癖の髪が、深景の頬をくすぐる。
 くすくすくすっと、嬉しげな笑い声。
 ゆらゆらと揺れる重みが、深景の背中にリズミカルにかかる。そのリズムが、蜜月の眠りを誘っていって。
 月明かりの自然光だけが照らす闇の中を、静かに蜜月を背に乗せて歩く。
 夜空は、深く穏やかな表情をしていた。
 きらきら、と、星たちの瞬きから、時折欠片がこぼれ落ちる。
「……蜜月、寝ちゃった?」
 こっそりと、吐息くらいの音で囁く。
「んーん、起きてるよぉ?」
 返事をする声は、半分は夢の中から。
「寝てていいよ」
「大丈夫」
 蜜月が、目を覚まさせようと、少しだけ背筋を伸ばした。
「あ、ねぇねぇ深景ちゃん」
「何?」
 蜜月の小さい手が、深景の首筋からすっと真上に伸びた。
「お月様が綺麗だよ。大きくてまぁるくて」
 つられるように、深景も天を振り仰ぐ。
 深い夜の闇にぽっかりと、低い大きな月が浮かんでいる。きらきらとした星の中で、とろけそうなほど深い黄色。
「蜜月みたいな月だね」
 彼女のぱっちりとした大きな瞳に似た、甘くて綺麗な、彼女のような月。
「美味しそうじゃない? シトロンドロップみたいで」
「そうだね……ちょっと寄り道でもして、あのシトロンを取りに行こうか」
 冗談めかした深景の言葉に、蜜月が歓声混じりの笑い声を上げた。
「素敵! 深景ちゃん」
「ほんの少しだけ、あの結晶を剥がして、袋に詰めて持って帰るんだ」
「持って帰ってあげたら、マスターも喜びそうね」
「ああ、あのひと、そういうの好きそうだよな」
 ぱきりと鮮やかに欠けた月は、ドロップになって地上に零れる。
 星の川を流れていく内に、欠片が落ちて、まぁるいドロップになっていくのだ。
 ほんのすこしざらついた舌触りのそれは、冴えた月光のような酸味がありながら、蜂蜜のようにどこか甘い。
 しゃらしゃらと涼しげな音を立てながら、天から落ちたそれを、透明でぽってりとした硝子の瓶にでも詰め込んで、君に届けたら喜んでくれるだろうか。
 そんな想像をぼんやりと繰り広げて、この思考回路は大分あのマスターに毒されたかなと深景は思う。
「……とりあえず、宵待杜に帰ったら、ドロップを一瓶もらおうか」
 あの月に似た、黄色くて甘いドロップを。
 もしかしたら、あの店になら、本当に月の欠片から作ったドロップが置いてあるかも知れない。
 ハニィムーン。
 彼女の色を映したような蜂蜜色の月。
「蜜月?」
 返事は既に返らなかった。
 このゆったりとした優しい時間を象徴するような淡い光の下で、その名を冠した少女は深景の背でとろりと微睡んでいた。


作品名:honeymoon -宵待杜#03- 作家名:リツカ