からっぽ
細くて歩きにくい道をひたすら歩く。
踏み外してしまったら、暗闇に落ちて死んでしまうかもしれないような道を。
しばらく歩いていくと誰かがうずくまっていて、道を塞いでしまっている。
私はその人に声をかけた。
どうしたんですか、と。
すると、
「怖いんです」
とその人は一言だけ呟いた。
どうして怖いんですか?
と聞くと、
「落ちた時の事を考えると怖いんです」
ぼそぼそとしゃがみこんだまま言った。
落ちる事を前提で話すのは変です。どいてください。
私は冷たい声でそう言うと、
「私だって進みたいんです」
と言いながら首だけでこちらを睨んだ。
始めて見たその人の顔は私そのものだった。
そうですか。では一緒に進みましょう。
私は私と重なり一つになって、少し大きくなった。
途端に立っていることも怖くなった。
なるほど、死ぬのは怖い。
それでももう一人の私が歩きだす。
またしばらく歩いていると、暗闇に向かって飛びおりようとしている人がいた。
私はその人に声をかけた。
どうして飛び降りるんですか、と。
すると、
「寂しいんです」
その人は闇を見つめながら言った。
寂しい? 死ぬ事は怖くないのですか?
と聞くと、
「もう、一人でいるのは嫌なんです」
今にも飛び降りそうな角度で言った。
私だって一人で来たの。でも今は三人。
と言うと、
「私は一人じゃないの?」
こちらを向いたその人は、やっぱり私だった。
そうですよ。だから一緒に進みましょう。
二人の私は私と重なり一つになると、また少し大きくなった。
急に私は寂しくなった。
三人? 今、私は独り。
それでも他の二人の私が歩きだす。
それから一人と一人と一人で歩いた。
歩いているのは真っ暗な道に私一人。
そのまましばらく歩くと、誰かがこっちを向いて立っていた。
その人は俯いて肩を震わせ泣いていた。
私はその人に声をかけた。
どうして泣いているんですか、と。
すると、
「悲しいんです」
その人は俯いたまま言った。
どうして悲しいんですか?
と聞くと、
「もうすぐ出口ですが、私はからっぽのままです」
目を擦りながら言った。
私もはじめはからっぽでした。
私は諭すように言った。
「でも、あなたはいっぱいじゃない」
顔を上げたその人も紛れもなく私だった。
そう。だからあなたと私でもっといっぱいになるの、溢れるくらいに。
そう言ってその私とも重なって一つになり、また大きくなった。
ほらね、いっぱいでしょ?
私は一人で呟く。
自分でそれに答えるのも滑稽に思えた。
そして四人で歩きだす。
死ぬのが怖かった。
一人では寂しかった。
先に不安はあった。
それでも、からっぽだった私は溢れるほどの気持ちを持って出口に辿り着いた。