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セクエストゥラータ

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 犯人は、奈津美の素性をいつ知ったのだろうか?
 僕らがイタリア行きを決めたあとだろうか?
 いや、それはない。観戦のためにイタリアへと向かう大勢の日本人の中から、僕たちに、いや、奈津美に注意を向けて親子関係に気付いたなんて、どう考えても無理がある。
 僕らが奈津美と原田監督の親子関係を知り得たのは、犯人に言われて奈津美から母親へと遡っていったからで、原田監督から辿っても奈津美には到達しない。ということは、あらかじめ奈津美に目を付けていなければ、親子関係に気付くことはできないってことだ。
 犯人は、僕らがイタリア行きを決めるよりも前に、奈津美と原田監督の親子関係を知っていた、というのは間違いなさそうだ。
 だとすれば、二年前に奈津美を観察していたストーカーも関係しているのかもしれない。

 あ…れ? 何か大事なことを忘れてないか?

 サッカーに特に興味を持っていなかった奈津美も、サッカーを意図的に遠ざけていた僕も、二人ともイタリアに来るつもりなんて少しもなかったんだ。なのに僕は今、イタリアにいる。それは偶然だと、偶然の産物だとばかり思っていた。
 でも、それが偶然じゃないとしたら?
 それが犯人の計画だとしたら?
 浮かぶのはあの人。……いや、でも。あのとき、僕と一緒にいたじゃないか。
 そうなれば、考えられるのは……
「ユウ? どうした、顔色が悪いぞ?」
 パオロが僕の顔を覗き込んできた。
 僕は思考に没頭するあまりに、自分でも気付かないうちに頭を抱えて座り込んでいたらしい。
「ちょっと考え込んでしまったみたいだ」
「あまり思い悩むなよ」
 僕は苦笑いを浮かべて首を横に振った。
「でも、もう少しで犯人の正体が掴めそうなんだ」
「ならば、名探偵の邪魔をしないよう黙っていることにしよう」
 パオロはケラケラと笑った。
 きっとパオロは、不謹慎なぐらいに笑ってみせることで、僕の緊張をほぐそうとしてくれているんだ。犬が相手を落ち着かせようとして欠伸をするのと同じだ。
 僕は微笑んだ。僕もこんな風にさり気なく誰かを応援できるような大人の男になりたいと思った。

 *  *  *

 一つずつ遡っていこう。
 まずはさっきの電話からだ。
 犯人は逆探知のことを知っていた。ただし、逆探知は誘拐事件における鉄則のようなもので、犯人が留意していても不自然じゃない。
 不自然なのは、逆探知に留意するタイミングだ。
 ヴェローナの警察署で受けた犯人からの電話は、それまでのと同じく、番号を非通知に設定してあった。その三回目となる電話までは、逆探知に対して警戒してなかったということだ。勿論、公衆電話から非通知に設定して掛けていた可能性も否定はできない。
 犯人は僕が刑事(パオロ)と一緒にいることを知っていた。刑事と一緒にいることを知っておきながら、逆探知の警戒をしていないというのは、何とも間の抜けた話だ。
 逆探知への警戒を怠っていたのが、刑事一人だけだと甘く見てのことだったのならば、四回目となるさっきの電話で逆探知対策が行われた説明が付かなくなる。
 つまり犯人は、三回目の電話の時点で、僕が刑事と一緒にいると知っていて、且つ、逆探知の手配がまだ行われていないことを知っていたんだ。
 導き出される答えは、犯人はすぐ近くで僕らを監視していたということ。
 僕らは、監視されているという印象を植え付けられていた。だからパオロは、ヴェローナからボローニャまでをわざわざ車で移動した。そうやって犯人に尾行させることで、何らかの手掛かりを掴もうとしたのだろう。
 スタジアムの周辺で、四回目となる犯人からの電話があり、捜し人である奈津美の父親が原田監督で合っていたことを知った。
 犯人は『行けば分かる』『早く来い』と言って通話を切った。その二つの言葉は、それぞれ違う場所を指している。『行けば分かる』は、原田監督がいる場所以外にはない。『早く来い』は、犯人がいる場所、つまりボローニャ中央駅を指していることになる。
 確実なことは、犯人も同じボローニャにいるということ。パオロは何も言わなかったから、尾行には気が付かなかったのだろう。平然としているけれど、内心は悔しいんだろうと思う。
 犯人は逆探知のことを知っていた。その上で、敢えて逆探知させることで現在位置を報せたんじゃないだろうか。僕らをボローニャへと誘導するために。だから、わざわざ分かりやすい駅の公衆電話を使ったんだ。
 連絡に公衆電話を使ったのは、もう一つの狙いがあった。
 それは、電話番号を隠すこと。そして、電話番号を隠すという狙いそのものを隠すこと。
 非通知であっても、逆探知に掛かれば番号が判明してしまう。そうなれば、基地局単位ではあるけれど、電源を入れている限り、大まかな居場所を知られることになる。
 公衆電話からならば、その瞬間の現在位置が伝わるだけとなり、逮捕への決定的な手掛かりには成り得ない。パオロが無駄足だと考えていたことからも、犯人にとっては痛くも痒くもない情報なのだろう。
 犯人はこの誘拐を前もって計画していた。それは間違いない。
 その計画には、僕らが偶然出会った二人、愛花さんとパオロの存在は想定されていなかったはずだ。
 つまり、愛花さんとパオロによって引き起こされた出来事は、犯人にとって計算外であり想定外、予期していなかった出来事となる。
 実際に、パオロがいなければ、犯人に繋がる手掛かりを得た僕は、そこへと向かうことに躍起になっていただろう。
 それによって生じてしまった計画の歪みは、急ごしらえの対応をして修正するしかなかったはずだ。そこに付け入る隙がある。
 余裕を見せ付けると共に、僕らをボローニャへと誘導し、更には、犯人の電話番号が隠匿されているという事実からも、注意を逸らすことができる。犯人はそれを狙ったんだ。
 しかし、犯人はミスを犯した。既にボローニャにいる僕らを、ボローニャへと誘導してしまった。それは、監視していると見せかけて実は監視していなかった、ということを示している。
 そう考えると、僕が警察に行き、携帯電話に逆探知を仕掛けたことを知った時点で、犯人はもう僕を監視する必要は無くなっていたわけだ。
 必要なときには、公衆電話から電話を掛けるだけで飛んでくるのだから。

 僕は思考を止めた。
 あまり考えすぎても動けなくなるだけだし、それよりも先に、確かめておかなければならないことがあった。
 思い浮かんだあの人のこと。
 判断材料となる事実は、一つでも多い方がいい。
「パオロ、調べて欲しいことがあるんだ」
「なんなりと」
 どんな事実が隠されていようと、僕はそれから目を逸らすわけにはいかないんだ。


作品名:セクエストゥラータ 作家名:村崎右近