Remember me? ~children~ 2
いきなり質問を振られた為、そんな間の抜けた声を上げてしまった。
「で、どうなの?」
「うーん……私には、まだそういうのは早いかな……」
「またまた、優子はいつもあやふやだなぁ」
「じゃあさ、マミちゃんは?」
次は、ベランダの箸でボーっとしていたマミちゃんに質問が向けられる。
「男子とか……敵でしかないでしょ?」
逆に返された冷たい一言で、その場の空気が張り詰めた。
自分自身がこの場にいては、空気が悪くなる。
そう思ってしまったのか、マミちゃんは教室に戻ってしまった。
「マミちゃん!」
呼んでも何も反応せず、そのまま教室のドアを開けて廊下へ出て行った。
マミちゃんは機嫌が悪くなると、いつも一人でどこかへ行ってしまう。
しかも、かなり長く根に持ってしまって、酷い時には三日間、誰にも口を利かなかった事がある。
「……どうしよう……」
「放っておけば良いじゃん」
「え?」
「勝手にベランダから出て行ったの、マミちゃんなんだから」
その口調は、どこか冷たかった。
「そんな……放っておけないよ!」
ベランダから教室を抜けて廊下に出ると、マミちゃんはまだ見える距離を歩いている。
「マミちゃん」
追い掛けてマミちゃんへ呼び掛けた。
しかし、マミちゃんを歩を止めず、振り返る事もなく歩く。
「マミちゃん!」
いくら彼女の名前を呼んでも、こちらを振り返ってはくれない。
ダメだ。
この調子だと、以前の様に口を利いてくれなくなってしまう。
どうしたら良いのだろう。
マミちゃんが私に耳を傾けてくれる言葉。
もしくは、マミちゃんの心情が大きく動く言葉……。
頭の中で展開された私の考え。
マミちゃんが動揺する言葉。
それと言ったら、もうあの渾名しかない!
「ま……マミマミ!」
私に背を向けていたマミちゃんは、渾名を叫ばれた瞬間、勢いよく振り返った。
天美マミ……あまみまみ……まみまみ……マミマミ。
それは以前、マミちゃんが初めて私の家に来た時、ママが付けた渾名だ。
からかい気味にマミマミと呼ぶママに対して、マミちゃんは頬を真赤に染めて右往左往としていたものだ。
それからというもの、マミマミという渾名で彼女を呼ぶと、その日の事を思い出してしまうのか、確実に頬を真赤に染めて動揺を隠し切れなくなる。
「あ……ま、マミマミって……。それ、いつの渾名よ! 馬鹿じゃないの! どうして今、その渾名で呼んだの?!」
どうやら渾名で呼んだのは効果抜群だった様だ。
マミちゃんの表情が柔らかくなった。
頬を真赤にして焦っちゃって、なんだか可愛い。
私はケロリと答える。
「可愛いと思って」
「馬鹿……そんな事……ない」
口ではそう言っているが、照れているのを隠し切れていない。
マミちゃんが、これ以上機嫌を悪くする事はなさそうだ。
機嫌を損ねた理由。
それは先程の皆の態度もあるかもしれないが、何より麗太君の事だろう。
「麗太君の事……もしかして怒ってる?」
「別に怒ってはいないよ。怒る事でもないし……」
「ただ」とマミちゃんは続ける。
「何て言うか……。ちょっとだけ不安だったのかも」
「何が?」
「その……」
マミちゃんは少しだけ言葉を詰まらせ、目を反らした。
「優子が……沙耶原と一緒に住んでるなんて……」
隣に住んでいた男の子と同居する。
最初は少しだけ抵抗があったけれど、もう既に慣れてしまった。
というより、私、ママ、麗太君の三人の生活は、今までになかった様などこか異質な楽しさがある。
今のところは、それほど嫌な想いもしていないし、生活に支障もない。
何も問題はないのだ。
「マミちゃんは、何をそんなに心配してるの?」
私の質問に、少しだけ間を開けて、マミちゃんは突然、安心した様に息を吐いた。
「……何でもないよ。もう、いいよ。優子は、何だかんだで楽しくやってるんだね」
「うん、まあね」
「そっか。それなら、良いんだ」
普段、マミちゃんから見る私はどう見えているのだろう。
マミちゃんは、私や麗太君をどう見ているのだろう。
一つだけ、確信した事がある。
きっと、マミちゃんは私の事を大事に思ってくれている。
それがとても嬉しかった。
=^_^=
廊下、教室、校庭、夕日が何もかもをオレンジ色に染めていた。
教室へ降り注ぐ夕陽はとても眩しくて、それでいてどこか心地良い。
こんな夕暮れ時まで学校に残っているのは、おそらく去年の運動会以来だろう。
というのも、私達は授業が終わった後、友人数人で時間を忘れてお喋りをしているのだ。
もうクラス内では情報通なキャラで定着している由美ちゃんの話は、とても面白くてのめり込んでしまう。
私とマミちゃんは、彼女の話に夢中だった。
「ここだけの話なんだけどね。担任の藤原先生、今までで彼氏が五人もできていたらしいよ」
「五人?! それって……凄いの?」
驚く私に、マミちゃんは何ら変わらぬ口振りで言う。
「まあ、大人の女の人ならそれくらいは普通なんじゃないの」
「へぇ、普通なんだ……」
「まあ、今年で二十五だもんね。二十五年間も生きていれば、それくらいはねぇ」
「え? 藤原先生って今年で二十五歳?!」
「あ! これは言う筈じゃなかったんだけどなぁ」
由美ちゃんはキッキッキと、作った様な笑い声を出す。
「由美ちゃんはいろんな事を知ってるね」
「でもそれ、クラス内の事だけでしょ? ていうか、それしか知らないでしょ?」
そんな彼女の冷たい一言に、由美ちゃんはケロリと答える。
「そんな事ないよ。クラスだけじゃなく他の事も知ってるよ」
「え、何? 聞きたいなぁ!」
「どうしようかなぁ。優子ちゃんやマミちゃんの事だから、きっと夜中にトイレに行けなくなっちゃうんじゃないかぁ」
「ちょっ、わ、私、ほん怖とか見ても一人でお風呂にもトイレにも入れたから!」
彼女のからかい気味な言葉に反応して、つい焦ってしまった。
本当は、お風呂にはママと一緒に入ったし、夜中のトイレには、ママを起こして付いて来てもらった事がある。
怖い話に、あまり耐性がある訳ではないのだ。
しかし、一番慌てていたのはマミちゃんの方だった。
「え? えっと、やっぱり……その話、私は……いいかな……なんて……」
明らかに怖がっている様にしか見えない。
まったく、昔からクールに振る舞ってはいるけれど、どこか抜けてるんだから。
「マミちゃん、もしかして怖いの?」
私の問いに、マミちゃんは更に大慌てする。
「そ、そんな訳ないでしょ! 私は……優子とは違うの……」
「へぇ、それじゃあマミちゃんのお手並み拝見といきますかぁ。どこまで私の話に耐えられるかなぁ」
私達は息を呑んで、由美ちゃんの話を聞き始めた。
ここ最近の話なんだけどね、隣のクラスの子が塾の帰りに変な女の人を見掛けたらしいよ。
その女の人は、真赤なコートを着て真っ赤なハイヒールを履いて、黒いサングラスに真っ白なマスク、それと物凄く長い髪をしてたんだって。
それでね、隣のクラスの子が、その女の人に話し掛けられたの。
「早くお家に帰りなさい。さもないと食べちゃうわよ」って。
作品名:Remember me? ~children~ 2 作家名:レイ