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Remember me? ~children~ 2

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Episode2 Fifth grade


 久しぶりに来た学校の門前には、桜が舞っていた。
 しかし、今はそんな物を観賞している暇はない。
 朝の会の始まるチャイムが、既に鳴っているのだ。
 五年生一学期の初日からの遅刻は、さすがに拙い。
 担任の先生の高感度は左右されるし、何しろ皆が席に着いている教室にドアを開けて入るのだ。
 注目される事は間違いないだろう。
 思いっ切り走ったせいか、息切れが激しい。
「麗太君、ちょっと、待ってよ! 足、速いよ!」
 その場に立ち止まって膝に手を着く。
 先にいる麗太君は立ち止まり、私の側に駆け寄った。
 胸を押さえて呼吸を整える私に、手が差し伸べられる。
「ありがとう」
 差し伸べられた彼の手を取る。
 麗太君は私に笑い掛け、昇降口まで歩きながら手を引いてくれた。
 もう完全に遅刻だというのに、焦る様子もなく。

 昇降口のガラス張りのドアには、新クラスの生徒表が貼られていた。
 この学校は市内で最も小さく、クラスは二つしかない。
 しかも一クラスにつき、生徒は二十余人程しかいなののだ。
 出席番号の一番目から順に名前を見てみる。
 五年二組の欄に私の名前がある。
 クラスも少ないせいか、知っている友人の名前ばかりが目に止まる。
「あ、マミちゃんの名前がある! マミちゃんも一緒なんだ!」
 マミちゃん。
 私の幼稚園の頃からの親友で、五年生になった今でも、クラスが離れた事はない。
 きっと毎年、先生がクラス替えの時に気を廻してくれているのだろう。
 そういえば麗太君は……。
 沙耶原麗太。
 男子の番号列を見ると、彼の名前も私と同じクラスの表に書かれていた。
「良かった。麗太君と同じクラスだよ!」
 麗太君も嬉しそうだ。
 しかし彼の声の事や、これからの友人関係を、クラスメイト達はどう受け止めるのだろうか。
 今までの様に会話が出来ない事を考えると、その影響は多大なものに違いない。
 それでも麗太君と出会ってからの短い期間、彼を嫌う様な事はなかった。
 きっとクラスの皆も、彼の事を受け入れてくれる筈だ。

 窓から注ぐ春の日差しは、教室の並ぶ長くて一直線な廊下を照らしていた。
 やはり廊下には誰もいない。
 皆が教室に入っているのだろう。
 二人で歩を忍ばせて廊下を歩く。
 二階廊下の一番奥。
 そこに五年二組の教室はあった。
 後ろには麗太君が、しっかりと付いて来ている。
 やはり、五年二組の教室は静かで、皆が席に座っている様だ。
 どうしよう、こんな状況で教室に入るなんて、なんだか恥ずかしい。
 それに麗太君もいるし。
 朝から男の子と一緒に登校なんて、きっと何か変に思われるに違いない。
 でも、このままでもいられない。
「行くよ」
 振り返る事なく、後ろの麗太君に小声で言うと、私は教室へ入った。
 皆の視線が私に集中する。
 恥ずかしくて頬が火照る。
 教室に入って、最初に目に着いたのは担任の先生だった。
 若くて、表情にはどこか幼さが残っている女の人だ。
「あら、初日に遅刻とはやってくれるわね」
 先生は、僅かに笑みを浮かべながらそう言った。
 笑みを浮かべているからこそ、どこか怖い。
「あの……えぇっと、寝坊……しちゃって……その……」
 言葉を探している私に笑い掛ける。
「分かったわ。いつまでも春休みの気分じゃ駄目よ」
 教室中がざわつく。
 笑っている人もいれば、どこか上の空な人もいる。
 そういえば、マミちゃんは……。
 教室内を見渡すと、窓際の一番奥の席に彼女の姿がある。
 マミちゃんは私を見る事なく、ただ無感情に窓の外を眺めていた。
「えっと、平井優子ちゃんね」
「え? あ、はい」
「私は藤原博美。今年から五年二組の担任をさせてもらいます。宜しくね」
 私は慌ててお辞儀をする。
「あっ、はい! 宜しくお願いします!」
 おかしい。
 どうして先生は、麗太君の名前を出さないのだろう。
 さっきから一緒にいるのに。
「麗太君」
 彼の名前を呼んで振り返ったが、そこに麗太君はいなかった。
「あれ?」
「どうしたの?」
「あの……私……」
 麗太君が、ここにいた筈。
 そう言おうと思った。
「……なんでもないです」
 しかし言えなかった。
 なんとなく、男の子と登校したという事実を、誰かに知られるのが嫌だったのだ。

 麗太君、どこに行ったんだろう。
 彼の事を心配しているうちに、朝の会は終了した。

 始業式は一時間目に始まる。
 皆が移動しようと廊下に出る最中、麗太君はこっそりと教室に入って来た。
 教室に入って来た麗太君に出くわした先生は、何かを察したように自分の自己紹介だけをして、彼を廊下に誘導した。
 おそらく先生は、麗太君の事情を考えた上で、あの対応をしたのだろう。
 今年の担任の先生は、なかなか親しみのある人の様だ。

「今朝の事です。皆さんがランドセルを背負って元気良く登校する姿。いやぁー、晴々しく思いますねぇ」
 壇上の上に立つ校長先生は、シワだらけの顔でにっこりと笑う。
 ママから聞いた話によると、校長先生は今年で定年なのだそうだ。
 だからPTAや若い先生達は、よぼよぼで今にも死んでしまいそうな校長先生に、かなり気を遣っているとかどうとか。
「あの人の話って長過ぎ。今年一杯なんて言わずに早く辞めれば良いのに」
 私の後ろで、冷たく呟いたのはマミちゃんだった。
 クールで、どこかお姉さんっぽくて、ちょっと毒舌なマミちゃん。
 それでも男女共に評判が良く、教師受けも良いらしい。
 密かな私の憧れでもある。
「話長い。あの校長、本当に辞めてくれないかなぁ」
 しかし、友人として性格や言動は理解しているつもりだ。
「マミちゃん、そんな事言ったら駄目だよ。校長先生は、もうあんなにおじいちゃんなんだから」
「おじいちゃんだからって、優しくする通りはないよ。老害って言葉、知らないの?」
 老害なんて言葉を聞いたのは初めてだ。
「え? えぇっと……」
 言葉に詰まる私に、マミちゃんは頬笑む。
「優子は優しいね。でも、優し過ぎると損する事もあるんだよ……」
「どういう事?」
 問い返した時、マミちゃんは私から目を反らしていた。
 マミちゃんは、知り合った時から妙な事を度々口にしている。
 彼女との付き合いは長いが、その言葉に隠された意味も、考えも、私には知る由もなかった。

 始業式の後、クラスで学級活動が行われた。
 当然の様に、最初はクラスメイト全員の自己紹介から始まる。
 どうせ、たった二クラスしかないんだから、殆どが顔見知りな訳だけど。
 麗太君はどうするのだろう。
 言葉を発する事が出来ないのだから、自己紹介以前の問題だ。
 そういえば、始業式の時にクラスの男の子達と楽しそうに笑っている姿を見た。
もしかしたら、私がそこまで心配する必要はないのかもしれない。
 皆が順に席を立ち、その場で自己紹介をする。
 数人の自己紹介が終わり、麗太君の番になった。
 おそらく、先生がフォローを入れてくれるに違いない。
 先生がどんな行動を取るのか、少しだけ気になった。
「次は……沙耶原麗太君ね」
 麗太君が席を立つと、教室に所々からひそひそと小さな声が聞こえて来る。
作品名:Remember me? ~children~ 2 作家名:レイ