Remember me? ~children~ 1
Episode1 Yuko Hirai
隣の家に住む、同級生の麗太君のママが亡くなった。
その事を知ったのは、麗太君が私の家に預けられる事が決まった日であった。
=^_^=
自宅の玄関先で、麗太君のパパと私のママが何かを話している。
その場の空気は、今年から小学五年生へ進学する私にとっては、居合わせたら泣いてしまいそうな位に重苦しかった。
「それじゃあ、今日から息子を宜しくお願いします」
とても背の高いスーツ姿の、麗太君のパパ。
彼の後ろから、ひょっこりと麗太君が顔を覗かせた。
どうやら、先程からそこにいた様だ。
彼の手には、なぜか大きな旅行鞄がある。
ママが麗太君に顔を近付けて、にっこりと笑う。
「麗太君、よろしくね。今日からは、私と優子と一緒に暮らすのよ。ここを自分の家だと思って、好きに使ってちょうだいね」
麗太君は首を縦に振る。
「えぇ!?」
廊下の隅から玄関を見ていた私は、唐突な自宅への入居者に、つい驚きの声を上げていた。
ママ、麗太君のパパ、麗太君の三人がこちらを振り向く。
「あら、優子。いたんだ。ほらこっちに来なさい。麗太君に挨拶して」
言われた通りに玄関へ行き、麗太君の前に立つ。
「さあ、麗太。優子ちゃんに挨拶しなさい」
背中をパパにぽんと押された麗太君は、私に一礼した。
どんな対応をしていいのか分からず、私はママの方を向いた。
ママは何かを察した様に、私に言う。
「じゃあ、挨拶も済んだ訳だし。ママは麗太君のパパと大事なお話があるから、優子は麗太君と部屋に行ってなさい。麗太君の部屋は、後で用意するから」
「ちょっと……えぇ!?」
ママに押され、私は麗太君を二階の自室に招いてしまった。
そういえば、部屋に男の子を上げるのは初めてだ。
中央に置かれている小さなテーブルの周りに、クッションが三つ置いてある。
私はいつも座っている、キティちゃんの可愛らしいプリントが成されたクッションに、逸早く座った。
なんとなく、これだけは男子に譲れないのだ。
「どうぞ」
そう言うと、彼は私の向かいのクッションに座る。
「えっと……麗太君。お母さんは、大丈夫だった? えっと……ほら! あの……この前、事故に遭っちゃったでしょ? それで……えぇっと……今日から私と住むっていうのは……」
訊きたい事は多々あるのに、言葉が上手く出て来ない。
ぶっきらぼうな私の言葉に、麗太君は俯いてしまった。
「あぁ、ごめんね。そんな事を聞かれても困るよね……」
どうして、私がこんなに喋っているのに、麗太君は無口なんだろう。
これでは、沈黙を作るまいと頑張って話をしている私が馬鹿みたいだ。
こんな麗太君を見たのは、今日が初めてだった。
学校で見る彼はもっと明るく、クラスではムードメーカーの様な存在であった筈だ。
やはり、ママの安否が心配なのだろうか。
そんな考えを浮かべている内に、既に部屋には沈黙が下りていた。
どうしよう……。
なんか、お腹が痛くなってきた。
昔から、こんな堅苦しい状況に陥ると、いつも私はお腹を壊す。
「ごめんね。ちょっと、トイレに行ってくるね」
立ち上がり、私は逃げる様に自分の部屋から出た。
二階のトイレで用を済ませた。
そういえば、ママと麗太君のパパは、まだ玄関で話しているのだろうか。
階段の上から玄関を覗くと、そこには誰もいない。
どうやら、話は終わった様だ。
一階のリビングへ行くと、ママは頭を抱えた状態でソファーに座っていた。
「ちょっと、どうしたの!?」
ママはゆっくりと顔を私の方へ向ける。
その表情は、涙に濡れていた。
「麗太君のママ……。さっき、病院で息を引き取ったんですって」
「そんな……」
私には、直接の接点はない。
しかし、ママにとっての麗太君のママは、近所付き合いでありながら親友の様に仲の良かった存在だ。
勿論、麗太君にとっては、それ以上の存在でもある。
身近な人が亡くなった。
きっと、これは私の人生経験では初めての事だ。
少しだけ、気分が悪くなった。
「麗太君に……何て言うの?」
「あの子には今日の夕食の後で、私からどうにか言って聞かせるわ」
ママは私の頭を強く抱いた。
豊満な胸部が、私の顔面を包む。
それと同時に、少しだけきつめの香水の香りが私の鼻を突いた。
いつもと同じ、ママの香り。
なんだか安心した。
「優子、よく聞いて。あなたが麗太君の支えになってあげるの。あの子のパパは、仕事が多くて家に帰れないの。それに、まだ言っていなかったけど、今の麗太君は喋る事が出来ないのよ」
ようやく理解した。
私がどれだけ喋っても、彼が口を開こうともしなかった理由。
「麗太君のママが交通事故に遭った事は知ってるでしょ?」
「うん、知ってる……」
しかし、私とママはその現場を直接見た訳ではない。
丁度その頃、私達は買い物に出掛けていた。
買い物から家に帰った時、麗太君の自宅前には警察がいて、私達は初めて事情を知ったのだ。
「麗太君は、その現場を見てショックを受けちゃったの?」
「そうよ。麗太君を一番に支える事が出来るのは、あなただけ。これから一緒に住んで、一緒に学校へ行って、大変な事もあるだろうけど、麗太君の事をお願いね」
胸部に埋めていた顔面を離し、ママを見た。
やはり、まだ涙を浮かべている。
「大丈夫だよ、ママ。麗太君の事は、私に任せて」
泣いているママに代わって、歯を出して笑って見せた。
とりあえず部屋に戻ろう。
でも、私が部屋に戻って麗太君とお話するにしても、彼が喋れないのでは、どうしようもない。
ふと、電話の隣に置いてある、メモ用紙の束とシャーペンが視界に入った。
「ねえ、このメモ用紙とシャーペンなんだけど、貰って良い?」
ママは私の考えを理解してくれたのか
「頑張ってね」
とだけ言って笑い掛けた。
部屋に戻り、麗太君に一本のシャーペンとメモ用紙の束を差し出した。
「これを使って。言いたい事が伝わらないと、不便だから」
麗太君は、私が差し出したそれを横目で見たかと思うと、勢いよく左手で振り払った。
メモ用紙の束を挟んでいたピンが外れ、部屋中にメモ用紙が散らばる。
一緒に払われたシャーペンは壁に強くぶつかり、欠けてしまった。
「ちょっと、何て事するの!?」
散らばったメモ用紙を、そのままにしておく訳にもいかず、仕方なしにそれを拾う。
腰を屈めてメモ用紙を拾う私を、麗太君は表情を変えずに見つめていた。
どうして、こんな事をしたのか。
しっかりと、その事を訊かなければならないと思った。
しかし、訊く事が出来なかった。
彼の表情が、あまりにも悲しげで、それでいて辛そうに見えたから。
私は一段ベットの上で漫画を読み、麗太君はクッションの上でずっと俯いている。
どうして自分の家で、こんな嫌な想いをしなきゃいけないんだろう。
もう最悪。
暫くして、ママが私の部屋に来た。
「麗太君、部屋の準備ができたわよ。いらっしゃい」
ママが麗太君を部屋から連れ出す。
私も、その後に付いて行った。
麗太君が案内された部屋。
作品名:Remember me? ~children~ 1 作家名:レイ