クックロビン――メビウスリングシリーズ1
残酷なのは判ろうとしない人々。
もっと残酷なのは目に映っている物をなかったことにする人々。
この世は残酷きわまりない。
どんなことでも判ろうとする努力を惜しまない人は居ない。
どんなことでも目に映る人は居ない。
判ったと思われる人の判ったという理解部分は、九十九パーセント。
目に映そうとする人でも、視界に入っても気づかないのが八十九パーセント。
全ては数字で表せる。
どんなことでも数字で表せる。
「実際便利な物だよ、0と1の世界だ――判ったか、判らないか、という違いだけ」
クックロビンはくつくつとさざめき笑い、森に眠る。
森の中、クックロビンを理解して目に映す人は、どのくらい居るのだろうか。
きっと、狩人には無理。
「狩人に無理だったら、一つ手がある。雀を使えば良いんだ」
クックロビンを狙う者は皆、狙いをクックロビンから雀へと変える。
雀ならば、誰の目にも映り、気づく可能性が高いから。
それでもクックロビンは余裕顔。
「マザーグースを知ってる? 雀は狩人の狙いを、操るんですよ?」
*
押し込められた、空の大きな庭。
いや、庭というより、檻のない鳥かごとでもいおうか。
広さは東京ドーム一つ分くらい。
樹の数は林が一つ、現在作られてる状況。花も溢れている、造花だが。樹はちなみにろうそくで出来ている。
空は青空で何の不思議もないが、地面が青く塗られていて不自然な湖のような鏡を作り出そうとしていた。
何処かの落書き上手が、地面に落書きしたような不自然な合わせ鏡の絵。そう、地面は鏡のように景色を映しこんだ鏡。
その中に居る人間は、両手で数えても余るくらい。
この庭は、金持ちの遊び場で、狩り場だ。狩られる側は麻酔銃で撃たれる可哀想なクックロビンというバイト達。
バイト達は一発撃たれれば終了のバイトで、一日逃げ延びれば十万は口座に入ってくるという噂だ。
「それで、十万につられてバイトを引き受けたわけですか」
「うん、でもそれはそっちもでしょ」
僕は笑うと、彼はそうですね、と微笑み、でも、と言葉を付け足す。
「でも僕はどちらかというと麻酔銃を浴びたいんですが――そりゃもうマシンガンダンスが夢ですから――、僕の場合は別の目的があるんです」
「何?」
「クックロビン初心者に、クックロビンとしての生き方を教えるのです。初めまして新入りクックロビン。僕は亜美と申します」
「亜美(あみ)? 普通名前はクックロビンのなかではつけちゃいけないんじゃ――」
「僕は規則というのは或る程度破るためにあるのだと思っております。さぁ蔑みなさい」
新人クックロビンは亜美の外見の麗しさとは別の変態度に辟易する。
この亜美という男、女性のようなという顔ではないのだが何処かお淑やかな顔の作りで、世間有り体で言うと美形。ランクはそこらじゅうで美形にだけ当たる石を投げても、微かに頭を掠める程度の美形だ。
アイドルでも通じると思わせられるが実際アイドルの世界ではこんな顔ありふれている――そう思わせられる顔つき。
細いが切れ長の瞳は優しい色で、お淑やかな顔は好感の持てるものなのに、そこで一気に不安感に落とすのは彼のマゾ具合。
新人クックロビンは知り合ったばかりで偶々出会った彼に、このバイトのシステムを聞き、聞き終えた今は、すぐにも去りたいのだが、彼はそれを許してくれない。
彼が僕を気に入ったから? そうとは考えにくい。
僕は特別何か彼の気に入りそうな言葉も態度もしてないし、一般的にへぇだのそうだのと相づちをうっているだけ。
と、なるとこれはつまり、無言で金をたかってるのだと気づく。
別れて欲しくば金をよこせ、と。
どこぞの離婚直前の夫婦か、この状態は。
僕はこれ以上彼みたいな奴が出てこないことを祈るばかりだ。
何せ、彼が現れてから狩人と遭遇するようになった気がするのだ。
狩人と遭遇する前に、亜美は教えてくれた。
狩人がクックロビンを見分ける術は、近くの雀だそうだ。
雀はクックロビンが知らないうちにそうさせられているという話を聞いた、先ほど。
もしかしてこの男は雀じゃないだろうか?
マザーグースの歌にあるように、駒鳥は雀が狩人の標的をずらさせて撃たれたのだ。
雀は狩人にとって駒鳥が近くに居ると言うことを知らせる警報存在なのだ。
バイトするときに、一言言われたことがある。
「駒鳥には注意しなさい。狩人には注意しなさい。雀には注意しなさい」
――あれ、おかしくないだろうか。
何かがおかしいと思った瞬間には現実に戻されていて、狩人に見つかりましたよと亜美が呟く。
亜美が呟いたのが先か、それとも亜美の言葉を聞いたからか、麻酔銃の弾が僕の目の前を掠った。
僕はうわぁと騒ぐよりも先に、亜美に背中を引っ張られていて一緒に逃げていた。
「駒鳥が居たぞ!」
狩人の声が聞こえるなり、亜美はあははと笑い、優雅に長い足で駆け抜けていく。
「貴方に一つ生き延びる術の一つを教えましょう」
「何」
お前は雀の癖に、と思いながらもそれを口にはしない。
亜美はでもそれを聞き取ったようにシニカルな笑みを見せて、地面を指さす。
「鏡をイメージして作られたこの世界。空に貴方は飛べまして? 僕は飛べるし、好きだね。――土の空に飛ぶのは」
そういって亜美は鳥人形の置いてある所までくると、その鳥人形の影になるような位置に寝そべる。
僕に視線で真似るよう口走ってる。
僕は真似をしないで彼を疑う。
僕は気づいたのだ。
僕が逃げる必要がないことに。
――駒鳥に気をつけて、という言葉が一番にくるということは僕が雀だということだ。
雀はまさか撃たれまい――だがそれは慢心だった。
彼が手のひらを空中にひらひらと、そう、地面の空から手だけ戻ってくればねらい打ちされる。
打たれたのは、僕――。
誰が殺した雀を。
私と答えたのは駒鳥。
私が狩人の目を遮って撃たせた。
私が殺した雀を。
そんなフレーズが脳裏に過ぎり、眠くなると同時に彼らの言葉が聞こえる。
「今回の雀はちょろかったですね」
「雀殺しなんて危険な賭に出るんだな、駒鳥」
「クックロビンです。横名のほうが美しい。酷いですね、地面に寝っ転がれば見えなくて駒鳥は居ないことに出来るのに」
「この地には居ないから、お前の上に立っているのだろう。いっつも邪魔をしおって……雀を撃ったら減点だと知ってるだろう?」
「とんでもなぁい。僕は雀に僕が雀だと騙していつの間にか狩人に彼らを撃たせるのが好きなんですよ。だってとても素敵じゃないですか。騙したなというときのあの表情――」
「……お前はマゾじゃなくて、サドだと断言しておこう」
「お手厳しい。僕の仲間は皆もう退場してまして?」
「嗚呼、伝言だ、お前の仲間は退場した」
「あら、では僕が優勝ですね。雀を撃たせるという戦法はよかったようで。ふふふ、あいつらめ、ざまぁみろってんですよ……! やっぱりね」
声が遠くに聞こえる。
最後に奴の小憎たらしい一言を聞いて、僕は0円でバイトを終えた。
「世の中親切面して近づいた者の勝ちなんですよ」
もっと残酷なのは目に映っている物をなかったことにする人々。
この世は残酷きわまりない。
どんなことでも判ろうとする努力を惜しまない人は居ない。
どんなことでも目に映る人は居ない。
判ったと思われる人の判ったという理解部分は、九十九パーセント。
目に映そうとする人でも、視界に入っても気づかないのが八十九パーセント。
全ては数字で表せる。
どんなことでも数字で表せる。
「実際便利な物だよ、0と1の世界だ――判ったか、判らないか、という違いだけ」
クックロビンはくつくつとさざめき笑い、森に眠る。
森の中、クックロビンを理解して目に映す人は、どのくらい居るのだろうか。
きっと、狩人には無理。
「狩人に無理だったら、一つ手がある。雀を使えば良いんだ」
クックロビンを狙う者は皆、狙いをクックロビンから雀へと変える。
雀ならば、誰の目にも映り、気づく可能性が高いから。
それでもクックロビンは余裕顔。
「マザーグースを知ってる? 雀は狩人の狙いを、操るんですよ?」
*
押し込められた、空の大きな庭。
いや、庭というより、檻のない鳥かごとでもいおうか。
広さは東京ドーム一つ分くらい。
樹の数は林が一つ、現在作られてる状況。花も溢れている、造花だが。樹はちなみにろうそくで出来ている。
空は青空で何の不思議もないが、地面が青く塗られていて不自然な湖のような鏡を作り出そうとしていた。
何処かの落書き上手が、地面に落書きしたような不自然な合わせ鏡の絵。そう、地面は鏡のように景色を映しこんだ鏡。
その中に居る人間は、両手で数えても余るくらい。
この庭は、金持ちの遊び場で、狩り場だ。狩られる側は麻酔銃で撃たれる可哀想なクックロビンというバイト達。
バイト達は一発撃たれれば終了のバイトで、一日逃げ延びれば十万は口座に入ってくるという噂だ。
「それで、十万につられてバイトを引き受けたわけですか」
「うん、でもそれはそっちもでしょ」
僕は笑うと、彼はそうですね、と微笑み、でも、と言葉を付け足す。
「でも僕はどちらかというと麻酔銃を浴びたいんですが――そりゃもうマシンガンダンスが夢ですから――、僕の場合は別の目的があるんです」
「何?」
「クックロビン初心者に、クックロビンとしての生き方を教えるのです。初めまして新入りクックロビン。僕は亜美と申します」
「亜美(あみ)? 普通名前はクックロビンのなかではつけちゃいけないんじゃ――」
「僕は規則というのは或る程度破るためにあるのだと思っております。さぁ蔑みなさい」
新人クックロビンは亜美の外見の麗しさとは別の変態度に辟易する。
この亜美という男、女性のようなという顔ではないのだが何処かお淑やかな顔の作りで、世間有り体で言うと美形。ランクはそこらじゅうで美形にだけ当たる石を投げても、微かに頭を掠める程度の美形だ。
アイドルでも通じると思わせられるが実際アイドルの世界ではこんな顔ありふれている――そう思わせられる顔つき。
細いが切れ長の瞳は優しい色で、お淑やかな顔は好感の持てるものなのに、そこで一気に不安感に落とすのは彼のマゾ具合。
新人クックロビンは知り合ったばかりで偶々出会った彼に、このバイトのシステムを聞き、聞き終えた今は、すぐにも去りたいのだが、彼はそれを許してくれない。
彼が僕を気に入ったから? そうとは考えにくい。
僕は特別何か彼の気に入りそうな言葉も態度もしてないし、一般的にへぇだのそうだのと相づちをうっているだけ。
と、なるとこれはつまり、無言で金をたかってるのだと気づく。
別れて欲しくば金をよこせ、と。
どこぞの離婚直前の夫婦か、この状態は。
僕はこれ以上彼みたいな奴が出てこないことを祈るばかりだ。
何せ、彼が現れてから狩人と遭遇するようになった気がするのだ。
狩人と遭遇する前に、亜美は教えてくれた。
狩人がクックロビンを見分ける術は、近くの雀だそうだ。
雀はクックロビンが知らないうちにそうさせられているという話を聞いた、先ほど。
もしかしてこの男は雀じゃないだろうか?
マザーグースの歌にあるように、駒鳥は雀が狩人の標的をずらさせて撃たれたのだ。
雀は狩人にとって駒鳥が近くに居ると言うことを知らせる警報存在なのだ。
バイトするときに、一言言われたことがある。
「駒鳥には注意しなさい。狩人には注意しなさい。雀には注意しなさい」
――あれ、おかしくないだろうか。
何かがおかしいと思った瞬間には現実に戻されていて、狩人に見つかりましたよと亜美が呟く。
亜美が呟いたのが先か、それとも亜美の言葉を聞いたからか、麻酔銃の弾が僕の目の前を掠った。
僕はうわぁと騒ぐよりも先に、亜美に背中を引っ張られていて一緒に逃げていた。
「駒鳥が居たぞ!」
狩人の声が聞こえるなり、亜美はあははと笑い、優雅に長い足で駆け抜けていく。
「貴方に一つ生き延びる術の一つを教えましょう」
「何」
お前は雀の癖に、と思いながらもそれを口にはしない。
亜美はでもそれを聞き取ったようにシニカルな笑みを見せて、地面を指さす。
「鏡をイメージして作られたこの世界。空に貴方は飛べまして? 僕は飛べるし、好きだね。――土の空に飛ぶのは」
そういって亜美は鳥人形の置いてある所までくると、その鳥人形の影になるような位置に寝そべる。
僕に視線で真似るよう口走ってる。
僕は真似をしないで彼を疑う。
僕は気づいたのだ。
僕が逃げる必要がないことに。
――駒鳥に気をつけて、という言葉が一番にくるということは僕が雀だということだ。
雀はまさか撃たれまい――だがそれは慢心だった。
彼が手のひらを空中にひらひらと、そう、地面の空から手だけ戻ってくればねらい打ちされる。
打たれたのは、僕――。
誰が殺した雀を。
私と答えたのは駒鳥。
私が狩人の目を遮って撃たせた。
私が殺した雀を。
そんなフレーズが脳裏に過ぎり、眠くなると同時に彼らの言葉が聞こえる。
「今回の雀はちょろかったですね」
「雀殺しなんて危険な賭に出るんだな、駒鳥」
「クックロビンです。横名のほうが美しい。酷いですね、地面に寝っ転がれば見えなくて駒鳥は居ないことに出来るのに」
「この地には居ないから、お前の上に立っているのだろう。いっつも邪魔をしおって……雀を撃ったら減点だと知ってるだろう?」
「とんでもなぁい。僕は雀に僕が雀だと騙していつの間にか狩人に彼らを撃たせるのが好きなんですよ。だってとても素敵じゃないですか。騙したなというときのあの表情――」
「……お前はマゾじゃなくて、サドだと断言しておこう」
「お手厳しい。僕の仲間は皆もう退場してまして?」
「嗚呼、伝言だ、お前の仲間は退場した」
「あら、では僕が優勝ですね。雀を撃たせるという戦法はよかったようで。ふふふ、あいつらめ、ざまぁみろってんですよ……! やっぱりね」
声が遠くに聞こえる。
最後に奴の小憎たらしい一言を聞いて、僕は0円でバイトを終えた。
「世の中親切面して近づいた者の勝ちなんですよ」
作品名:クックロビン――メビウスリングシリーズ1 作家名:かぎのえ