窓際の扉
「おいで」
突然の声に驚き振り返ろうとすると、右肘を椅子にぶつけた。じんじんしびれるそこをさすりながら、今度こそ後ろを振り向いた。
そこにいたのは、少年だった。
「もう一度前を向こう、そして目を瞑ろう」
「なんでそんな……あんた誰……」
とぎれとぎれに疑問を口にすると、少年は唇に人差し指を当てた。少年の唇が動く。『ころすぞ』。
わたしは何も言えなくなり、大人しく前を向いた。
「さあ、目を瞑ろう。同じことは二度まで言うが、三度は決して言わないからね」
わたしはそっと瞼をおろした。少年はその上からてのひらをあてた。やわらかい。おとこのひとの手。
目を開くと、そこには小さな扉があった。何もない空間に、小さな扉だけがあった。
先程目を瞑った後、少年がてのひらをあてていた。ということはここは、少年のてのひらの……。
深く考えないことに決めた。
「それはなんの扉だい? 考えて御覧」
「んなこと言われたって……」
ついさっき、深く考えないことに決めたというのに、考えることを要求されてしまった。とにかく少年のそれについては考えないことにした。
「いきなりはむつかしかった? じゃあまずは、それはどんな扉?」
「とても、小さな……。うん、そう、すごく小さい」
「そうだ、とても小さな扉だ。じゃあ、今君が潜り抜けないといけない扉は何?」
思考を巡らせる。さんざん日頃言われていること。潜り抜ける。難関……。
「――受験」
「そう、その通りだ。その扉はとても小さいね。君は通るかな?」
「わかんないわよそんなの。勉強はまあ、してるけど……」
「はは、随分謙遜するんだね。この間のテスト、君は何位だった?」
隠し事は、通用しない気がした。
「六位……」
「そう、百何人もいる中で六番目! それってとってもすごくない?」
少年はなぜか、誇らしそうに言った。誇示したくてたまらないように言った。胸を張っている少年の姿が浮かんだ。
「まあ、頭は悪い方じゃないと思うけど……」
「じゃ、話を戻そう」
あまりにもあっさり話を戻した。……あっさり? わたしだって、別にこんな話をいつまでもしたかったわけじゃ――。
「君はこの扉を、潜り抜けられると思う?」
「……この調子でいけば、いけると思うわ」
「その通り。なぜなら君は、とてもちっぽけな人間だからだ」
「目を開けていいよ。せいぜい頑張りな」
瞼を上げると、肩が軽くなっていた。
ぼんやりと、志望校の変更を考えた。結局は変わらなかったけれど。
なんとなく後ろを振り返ろうとすると、右肘を椅子にぶつけた。
これまたなんとなく窓の外を見ると、雲の位置は変わっていなかった。