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嫉妬SS 恵人(Line)

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彼女の部屋に入ることが許されてから早数ヶ月。いつもと同じように彼女の部屋に来てみると、どこか照れた様子の理音が僕を待っていた。
 今日も彼女の周りの「糸」は綺麗な色だっただろうか、今日は何か悲しいことはなかっただろうか、あと、今日も僕の気持ちは彼女に伝わっているだろうか、と考える。彼女の顔をじっと見つめていると、理音はいつものようにちょっと困った顔をしてそれでも唇を綻ばせている。
「恵人君は、いつもここにくると同じ色の糸になるね」
「そうだよ、だって理音のことが心配だから」
「うん……よく分かる」
 大丈夫だよ、今日もちゃんと伝わってるし、綺麗な色の糸だよ、と彼女は言った。それを聞いて僕は安心する。
「恵人君、いつもありがとう」
 彼女、玉房理音は誰かの誰かに対する気持ちが「糸」の形で見える目を持っている。だから彼女に隠し事はできないし、逆を言えば彼女に気持ちを伝えるとても良い手段でもある。

 さて、そんな僕は当たり前だが人の気持ちは分からない。ただ、ヒントさえあれば彼女の気持ちを想像することはできる。
 いつも照れた様子なのはそうだけれど、今日はその照れ方がいつもと違ったような気がした。ヒントはテーブルの上に置かれた丸い皿。覗いてみれば少し不揃いな形のクッキーが並んでいる。
「これ、理音が?」
「うん、作ってみたの……恵人君に食べてもらおうと思って」
「へえ、理音お菓子作るの好きだもんね」
 ちゃんといただきますのポーズをして一枚取ってみる。
「……おいしい?」
 待ちきれないといった様子で彼女が感想をせがんでくる。珍しいな、と思いつつも素直に感想を口にした。
「おいしいよ。流石理音って感じ」
「ほんと?嬉しい……これね、お兄ちゃんに教えてもらったの」
 ……ああ。今日もこのコースか……。
 僕は必死で彼女の兄のことを考えないような努力を始める。
 幸い僕の努力は報われているようで理音は楽しそうに話を続ける。
「お兄ちゃん、お料理も上手だし、お菓子も得意だしお掃除もできるし……あ、でも紅茶は私のほうが得意なんだよ。ちょっと自慢」
 えへへ、と笑う理音。初めて会った頃より何倍も話すようになってよく笑うようにもなった。それは嬉しい。僕が望んできたことだ。
 ただ、一つだけ思いもよらなかったことがあるとしたら。
「理音の紅茶本当においしいよね。何回教えてもらってもできないもん」
「あ、お兄ちゃんも恵人君と同じこと言うよ」
「そうなんだ……」
 敗北の足音が近づいてくる。理音の兄のことを考えてはいけない、考えるな、考えるな、と何度も心の中で念じる。
 もうお分かりだろうか。理音は実の兄……殻真さんのことが、とても好きなのだ。一にお兄ちゃん二にお兄ちゃん。五番目くらいに僕だろうか。
 多分心を持っているものの気持ちは理音には全てお見通し。ただ一人の例外を除いて。
 それが理音の兄なのである。理音が彼を好きにならないわけがない。それはいい。問題はその先。
 僕は理音のことが好きだ。これはもう理音も知っている。そして多分理音も僕のことが好きだ。殻真さんの次くらいにはなっていると信じたい。けれど、理音は口を開けば「お兄ちゃんが」である。僕が次第に殻真さんに対してどういう感情を抱くか、お分かりいただけるだろうか。
 もっと悪いのは、「その感情」をどれだけ綺麗に隠しても、理音の前では一発で看破されるということだ。こんなに恐ろしいことはない。何せ相手は最愛の兄である。理音がショックを受けないわけがない。
 だからこれは戦いなのだ。理音に気持ちを悟られないように必死で無心になる戦い。
「それでね、恵人君、このクッキーとね紅茶をね、お兄ちゃんにもあげようと思って」
「……どうして?」
「お兄ちゃん、今度誕生日だから!」
 今日一番の笑顔が飛び出してきたところで降参の旗を挙げかける。ああ、ああ、殻真さんは……。
「恵人君がおいしいって言ってくれたから自信ついたかも。今日作って良かったー」
「……うん、僕くらいしか食べてくれそうな人、いないもんね……」
 自分の声があまりにも悲しい響きで思わず涙が出そうになる。こんなにも複雑な気持ちになったのは初めてかもしれない。それほどインパクトが大きかった。
「……もう駄目、ごめん理音、ちょっとこっち来て、それで後ろ向いてくれないかな」
「どうしたの?」
 手招きに素直に応じる理音に申し訳なさでいっぱいになる。その気持ちも見えているんだろう、理音はますます頭に「?」を浮かべている。
「ごめんね、ちょっと失礼します」
 そう言うと、僕は彼女の両目を塞いだ。何も見えないように。
「えっ?け、恵人君?」
「ちょっとごめん、理音に見てほしくないから、真っ暗だろうけど我慢してくれる?」
 彼女にはこの気持ちを見てほしくない。とても勝手で、きっと理音が嫌いな糸だから。それでもこんなことまでしてでも思っちゃうんだから人って嫌な生き物だなあ、と自分に呆れる。
 殻真さんだってきっと僕と同じような気持ちを抱いたことがあるに違いないのに、でも僕のような悩みを持ったことはないいんだろうなあ。
 ……ああ、殻真さんが羨ましい。こんなにも理音に大切に思われてて、理音に好きだと思われてて。僕も殻真さんのような、理音が糸を見れない人間だったのなら。
「……ごめん、終わり。ほんとにいきなりごめん」
「あ、え、えっと」
 手を離すと、理音はぱっとこちらを向く。やけに顔が赤い。「あ、の、あの」と言いながら僕と壁との視線の往復を繰り返す。
「あ、う、う……恵人君……あのね、あの、実は、糸は、えっと、目をつぶってても、見えちゃうって、言ってなかったっけ……?」
「え」
 初耳だ。
 同時に、あることに気付いて、今度は僕の体温が上昇しはじめる。
「だから、あの、ごめんなさい見えてました……恵人君、お兄ちゃんに、えっと……えっと……」
「ごめん言わないでほんとにごめん言わなくていいからごめん理音ごめん、ほんとにごめんもうしないから!ごめん!別に殻真さんのこと嫌いなわけじゃ!ないから!」
「あ、や、えっと、で、でも嬉しい……よ?」
「理音、気遣わなくていいから……」
「ううん、だって、恵人君私のこと考えてくれたから。目隠し、嬉しかった」
 あんまり意味、ないんだけど。と彼女は顔を赤くしながら微笑む。
「あと……やきもち……その、ごめんなさい?」
「謝られるともういたたまれない……」
「これからは、あんまりお兄ちゃんの話は、しないようにします」
「……それは、ちょっと嬉しいです」
 素直にそう言うと、理音はまた笑った。
 人は嫌いだ、と悲しそうに言っていた彼女が、嫉妬の糸を見ても笑ってくれることが嬉しいと思った。ただ、恥ずかしさはなくなりそうにないけれど。
 
作品名:嫉妬SS 恵人(Line) 作家名:大文藝帝國