歪曲した円の底
遮られた言葉はコクリと飲み下して、改めて頭を整理した瞬間に、ドクンと心臓が大きく揺れた。酷く落ち着いた声で、もの凄く破壊力のある言葉を、黒谷君は吐いたんじゃないか。私はすぐに返答できず、彼の肩のあたりをただ茫然と見ていた。
黒谷君は空っぽに近かった私の分と、呑み干した自分の分のビールを注文すると、改めて私に視線を移した。
「だから今日、食事に誘ったんだ。まぁ、居酒屋なんかで申し訳ないけど」
私は彼の目を見る事がどうしてもできなくて、自分の手元に視線を移した。着物を着た女性が、ビールを運んできた。「でも」と私はぽつり、口を開く。
「添島さんは別れないんじゃない? 黒谷君の事、凄く好きそうだし」
ジョッキを手に彼は無言で数回頷いたのが視野に入った。何か言おうとしているのが分かり、私は口を噤んでいた。
「何度か別れたいって言ったんだけど、ダメだったんだよ。だから、今回の嫌がらせが奈々美の仕業だって事が分かったら、それを理由に......ってこんな理由じゃ楓ちゃん、俺と付き合ってくれないよね」
自嘲気味に笑う彼の姿を見て「そんな事無いよ!」と早口で捲し立てた。
「心配してくれるのはありがたいし、こんな私を好きになってくれることも嬉しいし、うん」
自分で何が言いたいのかよく分からなくなってきて、両頬に手を当てて目を瞑り、首を振る。
「嫌がらせの件は、誰がやってるのか分かったら何とかするし、もっと危険な事が起きたら課長にでも相談するし、できるなら自分で何とかするから、あの、黒谷君は今のままで、えっとありがたいっていうか......」
歯切れの悪さに苦笑した。彼もテーブルのあちらでカラカラと笑っている。ジョッキに手を伸ばすと、その手の上に、黒谷君の大きな手が添えられ、力が加わった。そこにもう片方の手が覆いかぶさった。相変わらず彼の指先は冷たくて、一瞬ドキっとする。
「課長じゃなくて俺に相談して。俺が楓ちゃんを守ってあげるから」
潤んだ瞳でじっとこちらを見つめる彼は、ね、と言って私に同意を求める。
「あ、りがとう」
呟くようにように礼を言った。その後は他愛もない話をしたが、私は彼の目を数度しか見る事ができなかった。好きだと言われた。守りたいと言われた。しかし立ちはだかっているのが添島さんだと思うと、妙な焦燥感に駆られる。
「そろそろ出るか」と言われて私は伝票を持って立ち上がったけれど、すっと伝票を取り上げられて「ここは俺が。二次会は楓ちゃんね」とスタスタ歩いていってしまった。私は首筋辺りを撫でながら苦笑し、彼についていった。