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えりまきとかげ
えりまきとかげ
novelistID. 42963
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宵闇

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今日は月がまだ顔を出さない。
昨日はあんなに大きくてまん丸で、手を伸ばしたら掴めてしまうのではないかと思う程の綺麗な満月だったというのに。



小さい頃、月には本当に兎がいて餅つきをしているものだと信じていた。
だから家で飼っていた兎のまるこもいつか月に行って、自分のために餅つきをしてくれるのだと思っていた。
まるこは僕が小学校に上がった年に死んでしまったが、当時は何かが死ぬという事がどういうことかなんて知る由も無かった僕に、母はまるこはとうとう月へ行ったのだと言った。
僕はそれを聞いてとても喜んだ。
母はどんな顔でそれを見ていたのだろう。

それから僕は毎日月を見るようになった。
いつになったらまるこは餅を持ってきてくれるのだろうか(僕は餅が大好きだったから)と、うきうきしながら過ごした。

しかし、当然だが何日待ってもまるこは戻ってこなかった。その事を疑問に思った僕はある時母に

「まるこはいつになったらお餅を持って帰ってくるの?」

と聞いた。
すると母は少し悲しそうな顔をした……かどうかは記憶にないが、こう言ったのは覚えている。

「たーちゃん、残念だけどまるこはもう帰ってこないの。でもね」

母は月を指差して言った。

「ほら、あそこにまるこが見えるでしょ?」

僕が空を見上げると、月の様子がいつもと違って、その模様がまるこに見えた気がした。
気がしただけなのだが。

結局そのことは父が小犬を貰ってきたことによりすっかり忘れてしまった。



僕が大学を卒業してから初めての職場で出会った友人がいる。その彼が、一週間程オーストリアに旅をしにいくので僕に兎を預かってほしいと頼んできた。
兎を飼うのはなかなか難しい。僕は彼に、自分も昔兎を飼っていたことを話したところ、

「君になら任せられる!」

となったわけである。


友人が出発する日に、初めて兎の名前を聞いた僕は驚いた。
なんと彼の兎の名前は”まるこ”といったのだ。あの”まるこ”とは種類や色は違ったのだが、おかげでまるこを思い出すきっかけになった。


それからは一月に一度、満月の時だけは月の中にまるこを探してやろうと決めた。
今ならはっきりとわかる。
確かにまるこはそこにいるのだ。
作品名:宵闇 作家名:えりまきとかげ