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花葬

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色取り取りの花で埋め尽くされた場所に、一人の男の死体が在った。
 
 その男は、生きて居る間は奴僕と呼ばれる者だったので、死んだからと云って特に誰かが悲しみに暮れる事はなかった。其の存在も誰かが気に掛ける様では無かったので、何故男の死体が此の美しい花園にポツンと落ちて居たのか、それを知る者は無かったし、又知ろうとする者も無かった。但、部外の者に潰された花々が、迷惑そうに地面と顔を合わせて居るだけである。
 
 男の命の時間は止まったが、其れ以外の物の時間は止まる筈も無く、月日は無情にも流れて往った。然し月日が流れぬのならば男の為と成るかと問えば、必ずしもそうとは限らぬので、月日が流れるのは無情でも何でも無いのかも知れ無い。兎に角、時間は常と同じく流れて往ったのである。
 
 そう長い間も無く、男の死体は腐って往った。自然に帰る為か、若しくは其れが自然の摂理だからである。季節は夏に向かって居るので、肉はどんどん色を濃い物に変え、腐敗し、最早其れは男なのか女なのか、人間で在ったのかすら判ら無く成って往った。肉塊が大地に戻る少し前、花園の花々は既に散り往き、緑色が其処等中に在ったので、晴れ渡った空も相俟り、奇妙な対照を成して居た。然し心無き植物達は構う事無く、己が系統の繁栄の為、図らずも得る事が出来た部外からの栄養を吸収し、発育して往ったのである。
 
 夏の暑さを真綿で首を絞めて殺す様にジワリジワリと秋がやって来ると、あれ程深い緑をして居た草木は見事に色褪せ、大地と同じ色に成り枯れ果て、やがて来たる長く辛い冬を死んで越すのである。
 
 冬は全てを終わらせる季節である、と誰かが言った。成る程其の通りであると思われるのは、此の季節がやって来ると、空も大地も真白色に染め上げられ、この世で最も美しい終焉を迎える様に映るのである。嘗て此の場所に数多の花々が咲き乱れて居た事も、名も無き男が死んだ事も、まるで無かったかの様に映るのである。
 
 終焉が在れば草創も在る。此の年も又春がやって来た。凍り付いた雪は溶けて生きとし生ける物も植物をも潤す水と成り、大地深く潜り眠りに就いて居た動物達も起き出し活動を始め、色を失って居た全ての物は嘗て持って居た物を取り返すのである。
 
 色取り取りの花で埋め尽くされていた場所は、又同じように色取り取りの花で埋め尽されたのである。そして又美しく咲き誇り、己が子孫を残す為に種子を身に宿した。或る物は虫の足に付着し同種族の異性の下へと運ばれて次の年に咲く子孫を成した。又或る物は其の種子の一つ一つに柔らかく軽い翅を付けて風に運ばれ、遙か 遼遠の地へと己が子孫を送り出した。其の場所は、嘗てこの花園で死んだ男の訪うた事の無い場所なのである。
作品名:花葬 作家名:徳野ちさ