お菓子は非常食
秋の太陽はどこか緩く、朝は寒い。ふわりふわりと風に舞う黄色い葉を窓の外に見つけ、夏生は眠そうに、欠伸を一つ。
そして、一時間目が自習になったことを知るのは、その直後のこと。緊張が解けたかのように賑やかになりはじめる教室に、青葉は無言のまま背を向けた。そうして、中庭まで歩く。
ちなみに夏季(かき)の中庭は、『中庭』というには構内の外れにあり、十棟ある校舎の一つにしか隣接していない。中庭という言葉は相応しくないかもしれないが、他に表現する言葉は今のところない。授業中だろうと休憩中だろうと、使用する人間は滅多にいないので自主休講にはうってつけなのである。まだ寒い外の空気に身体を小さくして、人気の無い中庭に身を落ち着かせた。
[自習になった]
それだけを打ったメールを、カチとボタン一つ押して送信。
授業が始まっているにも関わらず、五分も経たずに返ってくるメール。
ため息混じりに携帯を開くも、早早に返信を開いてしまう。相手を知れば、尚のこと。
[いいね。俺も行こう]
[そこ、動かないでね]
二通続けて来た、そのメール。中庭(ここ)に居ることくらい、彼にはお見通しなのだろう。まあ、今朝の『お礼』もあることだし、留まってやるかと青葉は自己完結した。
鞄からポーチに移動させた、ビター味のポッキーの片割れが一袋。左のポケットに残った、小さな飴の包みが二つ。
青葉は一度腰掛けたそのベンチから動かず、細い首を上げて薄青の空を、仰いだ。
「サボりは駄目だよ」
「……いいじゃないですか」
穏やかな声色が、足音を隠して歩み寄る。青葉の隣に空いたスペースへ腰掛けて、策士少年こと、ひばりは同様に空を仰いだ。彼も桃華と同じく、特別授業で先月から夏季に通っていた。
「今朝はドーモ」
「ん? ああ、役に立った?」
「そりゃもう」
グチャグチャに弄られた友人の姿を思い返し、青葉は実感こもる声色で頷いた。
ひばりとクスクスと笑い合って、青葉はポーチからビター味のポッキーの一袋を手に取る。
「あれ? そっちはあげなかったの?」
「飴と、保険にね」
「そっか」
桃華にあげず、残しておいた一袋を開けて。落ち払った茶色でコーディングされた棒を一本、口に咥えた。
「食べる?」
「ん」
言葉に呼応して手を伸ばされた、その指先に合わせて袋の口を差し出す。
ひばりは一本だけ抜き取り、口に入れた。
「ちょっと甘いね」
「これもあげる」
残された飴二粒の内の、一つ。
濃いピンクのザクロ味はそのまま自分の手の内に。
水色のソーダ味らしい飴をひばりの手へ。
「何だい、俺があげたヤツじゃん」
「貰った時から私の物」
「ハイハイ。じゃあ、いただきます」
暖かくなりはじめた空気に、青葉は一度締めた黒いネクタイを少し緩めた。
秋の空を仰いで、此処彼処に浮かぶ雲を見て。口元には苦味の混じるポッキーなるお菓子。
左手には食べられる時を待つザクロ味の飴玉。
次の授業まで、後二十五分。二人の影はもう少し近づくまで、あと一分。