黒羽快斗×青子 遠い記憶
マジックショーの事故だった。俺はその頃九歳で、親父によくマジックを教えてもらっていた。親父は俺にとってマジシャンの中で、いや、この世界で、『一番すごい人間』だった―はずだった。
その親父が死んだ。あの世界的マジシャンの、黒羽盗一が。
じいちゃん、寺井黄之助にそう伝えられた時、はじめ意味がわからなかった。何を言っているのだ、と鼻で笑ってしまったほどに、俺にとってありえないことだった。
いつまでたってもじいちゃんが冗談だと言わなかったから、俺は自分の足で、メモに書いてあった番号の病室へと向かった。
そこに横たわっていたのは、顔を白い布でかぶせられた誰かで、その布を外してみたとき俺は自分の目を疑った。それは確かに、よく見慣れた顔で、親父のそれとそっくりだった。
間違いなく、変わり果てた姿の黒羽盗一がそこにいた。
涙が溢れそうになったとき、青子の声と足音がこちらに近づいてくるのが聞こえた。あいつにだけはこんなみっともない顔見せられない。
俺の感情とは裏腹に、涙が流れ出る。
親父の顔をみた。
「快斗、いかなる時にも、ポーカーフェイスを忘れるな」
まだ生きているかのように、頭の中でその言葉が聞こえて。
袖で涙を拭き取って、ぐっとこらえる。目が赤くなっているだろうから、すぐ近くの手洗い場でざっと顔を洗った。
重い何かを動かす音と共にすぐ隣の扉から光が差し込める。そこから出てきた彼女ととっさに目があった。
「快斗っっ!」
彼女は泣きながら俺に抱きついた。それから俺の手を引いて親父の元に駆け寄って、わんわんと泣いていた。
「なんで、お前がそんなに泣いてるんだよ」
俺はただどこの方向を見るでもなしに、ぼーっと立ったまま聞いてみた。
「だって青子……快斗のお父さん死んじゃって……だから……うっ……青子……うわああぁあ」
青子は気が済むまで泣き続けて、俺に聞いた。
「なんで快斗は泣いてないの……?」
「……俺は強いからだ」
実際、俺は全然強くなかった。たぶん青子がいなかったら、今頃青子と同じように泣いていたのだと思う。だけどこの弱い泣き虫野郎の青子を見たら、そうはいかない。
こいつは俺が守ってやらねえと、弱っちくて壊れちまう。
「青子」
俺は青子の身体を知らないうちに抱きしめていた。そして青子が泣き止むまでずっと、そうしていた。
作品名:黒羽快斗×青子 遠い記憶 作家名:夢三