異世界より
一話、留年
そう、あの時だ。僕の留年が決まったのは。
君たちは意外に思うかもしれないが、厳しい面の教師たちが申し渡した非情な決定には、実感は伴わなかった。
彼等がなんと言おうと僕はその年に卒業できなければ、この学校を去るつもりでいたから。
一学年下の後輩連中と机を並べたりするのはごめんだ。僕は部活や委員会にも縁が薄かったか
ら付き合いのある後輩など皆無だし、極度の人間不信者が忙しい受験生と仲良くなれるはずもない。
そんな事気にしないでマイペースに留年生活を送るべきだと人は言うだろうが、修学旅行や体育の授業の時、つまり「ペア」を組む必要な
どが出たとき、どうするのか?
そういう些細な事こそが、後々大きなトラウマになってしまう気がする。
こんな次第で、担任の先生立会いの下、校長に留年を申し渡されてからしばらく、僕にまったくその気は無かった。かといってどのような
展望もあるわけではなかったのだが・・・。
朝のホームルームが終わってから呼び出されたぼくが、ながいお話の後、教室に戻るとクラスメートたちは二時間目の体育で出払ってい
た。
どうせ今から着替えても、いくらも時間はない。僕は窓際の席に座って、うつ伏せになり外を眺めていた。
グラウンドでは、男女混合でサッカーか何かをしているのだろう。楽しそうな声が響き渡っている。この時とばかりに高校最後の時を満
喫しているのだ。
受験が差し迫ったこの時期に、学校に来る奴は少ない。来ているのはもう進路が決まったか、開き直っている奴ばかり。
要は多幸症の集まりである。
そんな状況でまともな授業など出来るはずもないから、体育の時間などは遊びの時間と化す。
この世の春とはこのことだ。いや、まだ冬か・・・。
こんなにもいい天気の中、教室で机に伏せている自分はなんなのだろう。
僕はこれから、どう生きていくのか。何のために?
留年したという事実が、だんだんと重くのしかかってくるような気がして、ふと顔を上げた。
そのとき教室の後ろのドアが開いた。
僕はすぐには振り返らず、しばらく外を眺めていた。
誰か遅刻したのか、と思って声を掛けられるのを待っていたが、当人の教室に入ってきた気配はない。
おかしいなと思い振り返ると、僕の座っていたすぐ後ろの席に見知らぬ女生徒が座っているではないか!
僕が今までしていた様に、アゴに手を当ててのんびりと外を見ている。
おもわずあっと叫んで飛び上がってしまった僕は、脛を机の脚にぶつけてしまい、よろめきながら立ち上がった。
人の醜態をもの珍しそうに見つめていた少女は、ちょっと苦しそうな顔をした。
笑いをこらえているのだろう。その失礼千万な表情に、僕がちょっと嫌そうな顔をすると、
今度はあからさまに微笑みながら、
「大丈夫ですか?」と尋ねて、僕が返事を言う前に少し頷くと、そそくさと教室から出て行ってしまった。
今から思えば、留年の事を担任たちと話あってから始めて、聴いた言葉は、その時彼女が言った「大丈夫ですか?」だった。
その問いかけに答えるなら・・・決まっている。
僕はあのとき「大丈夫」ではなかったと思う。
青痣を負ってしまうぐらいの「強打」だった。