小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

FLASH BACK

INDEX|80ページ/84ページ|

次のページ前のページ
 

『ないもん。それに私がどれだけ待ってたか、鷹緒さんだって知ってるでしょ!』
 一方的に電話が切れ、鷹緒は溜め息をつきながらハンドルを握る。
「……待たせてごめんな。どこ行こうか。何食いたい?」
 ふと横にいる沙織を見ると、沙織は不安げな表情を浮かべている。
「……綾也香ちゃん?」
 そう聞かれて、鷹緒は静かに頷いた。
「うん。でも大した用事じゃないよ」
「でも……何かあったんじゃないの? さっきも二人して喫茶店にいたでしょう?」
「……見てたのか」
 小さく息を吐いて、鷹緒は車を走らせる。沙織にはいつも嫌なところを見られるなと思いながら、先程の綾也香に言われた弱みにつけこむような言葉を思い出し、鷹緒は顔を顰めた。
「でもべつに、私はそれほど気にしてないから……」
 そうは言っても、さっきから沙織の浮かない表情の原因がそれだということを悟って、鷹緒は口を曲げる。
「はあ……なんで俺がこんな目に……」
 溜め息をつきながら、鷹緒は目を伏せた。他人によって脅かされる沙織との関係を案じると、途端に腹立たしくなってくる。
「鷹緒さん?」
「……ごめん。事務所寄っていい?」
「う、うん……」
 急にそう言われ、また険しい表情になった鷹緒を見て、沙織は自分の一言で怒らせてしまったのだと後悔した。
「あの。本当に、なんとも思ってないから……べつに女性と二人きりで話してたからって、怒らないし……」
 取り繕うように言う沙織を、信号待ちの鷹緒は横目で見つめた。
「……そんなことで我慢しなくていいよ。ただ俺も振り回される側だから、この問題は今日でケリつけたい」
「この問題?」
 そうこうしているうちに車は事務所近くの駐車場に停まり、鷹緒は車を降りる。
「おまえも来る? どっかで待っててくれてもいいけど……」
「行ってもいい……?」
「うん。じゃあちょっと離れたところにいて」
 そう話しながら、二人は会社へと入っていった。

 WIZM企画の社内に入ると、企画部には彰良と俊二、モデル部には理恵と牧の姿がある。ほぼ重役だけの残業組である。
 そんな中で、珍しく内窓のブラインドまで閉め切られた密室状態の社長室から、綾也香の怒鳴り声が漏れていた。
「遅かったか……」
 鷹緒はそう呟くと、重い足取りで自分の席へ座った。だがそこにいる一同、空気が張りつめている。それは漏れ聞こえる綾也香の怒鳴り声のせいだ。
「だから! 私は社長のことが好きなんです!」
 ハッキリとそんな綾也香の声が聞こえ、彰良が不機嫌そうに立ち上がった。
「彰良さん」
 それを鷹緒が止める。彰良のこの後の行動が、鷹緒にはわかっているのである。そんな鷹緒に、彰良はあからさまに不機嫌な顔をして口を開いた。
「俺を止めるつもりなら、おまえが行って来い。ここをどこだと思ってる? 仮にも他社のトップモデルが、色恋沙汰で社長室に乗り込むなんて前代未聞だ。こっちの仕事にも支障が出る。俺まで残っているほど忙しいのは、おまえにもわかってるだろ」
 普段は温厚な彰良だが、こういうふうに短気な部分もある。もちろん忙しい時期だからこそ苛立っている部分もあるが、残業とはいえまだ開いている事務所でここまで騒ぎ立てられれば、体裁が悪いのも事実だ。事実、まったく事情を知らない俊二は戸惑っている。
「……わかりました。俺が行きます。今日は出来ればみんなも早めに切り上げて帰ったほうがいい」
 顰めながらも真剣な面持ちで鷹緒はそう言うと、社長室へと向かっていった。
「だから綾也香ちゃんの移籍、私は嫌だったんです……」
 ふと牧がそう言った。ここで事情を知っているのは牧と彰良くらいで、理恵さえも少ししか知らない。
「牧ちゃん……」
「だって社長と鷹緒さんが本気で言い合ってるの見たの、あの時が初めてだったから……」
「へえ……あの二人も喧嘩するんだ」
 何の事情も知らない俊二の言葉に、牧は静かに頷く。
「大丈夫かな……」
 重い雰囲気の中、沙織は鷹緒に言われた通り少し離れたところにいようと、出入口の横にある待合用のソファで、そんな様子を見つめていた。

「失礼します」
 ノックはするが返事を待たずに、鷹緒は社長室へと入った。
 中には社長机に向かって広樹が座っており、綾也香はその前で立ったまま顔を顰めている。
 閉め切られた室内のブラインドは、綾也香が乗り込んできてすぐに広樹が閉めたもので、煌々と明かりのついた室内が、ドアを開けてやっと中の様子が見えた鷹緒に眩しく映る。
「そろそろ来ると思ってたよ……」
 広樹はその言葉で綾也香を冷静にならせようと諭すが、綾也香はすっかり血が上った様子で口を曲げた。
「どうして返事してくれないんですか!」
 一向に興奮が収まらない綾也香の肩を、後ろから鷹緒が軽く叩く。
「少し落ち着けよ。そんなにまくし立てたら、ヒロだって何も言えないだろ」
「でも鷹緒さん……」
「それに会社でこんなことされたら迷惑。残業組もいるんだ。少しトーン抑えろ」
 そんな鷹緒の言葉を素直に聞くように、綾也香は静かに頷いた。
「へえ。相変わらず、鷹緒の言うことは聞くんだね」
 そう言ったヒロの言葉が引っかかって、鷹緒は溜め息をつく。
「今日の俺は仲裁役だ。おまえが返事すれば済むことだろ」
「さっきから言ってるよ。“綾也香ちゃんの気持ちは受け取れない”」
 広樹の顔はいつになく険しく冷たい。
「……なんでですか?」
 引き下がらない綾也香の言葉に、広樹は深い溜め息をついて立ち上がった。
「僕、馬鹿は嫌いなんですけど。さっきから言ってるよね……商品である君とは付き合えない。ましてや君は春からうちの所属になるんだよ? 社長の僕が手を出せるわけないでしょ」
 本気で怒っている様子の広樹は、鷹緒にとっても久々である。しかしそんな広樹の答えをすでに鷹緒は知っており、あとは綾也香を宥めることに徹しなければいけないと思っていた。
「……じゃあやめる! 事務所なんかここじゃなくても何処でもあるし。それでも駄目ならモデルなんかやめる」
「勝手にしてください。そんな半端なモデルはうちにはいりません。それに君が仕事をやめようが、僕は君と付き合えないから。大体……なんで今更、僕? 君は鷹緒じゃなかったの?」
 そこは広樹が誤解しているところであると思いながら、鷹緒も二人の間にズカズカと入っていくことなど出来ず、ソファに座ってその様子を眺めて過去を思い返す。
 かつて綾也香は、このWIZM企画に所属しているモデルだった。そんな綾也香と恋に落ちたのは、広樹だった……ということになるが、その詳しい真相は当人たちしか知らない。
 まだ広樹が社長になって間もない頃で、しかも当時の綾也香は未成年だったということで、当然長続きせずかなりの大問題となって、結局は綾也香の他事務所への移籍という形で落ち着いたのである。
 今回、綾也香がWIZM企画に戻ってくるということは、双方の同意の上ではあるが、広樹にとってはまさか未だに綾也香が自分のことを引きずっていることなど夢にも思わず、また間に鷹緒が入っていることで解決していない部分が三人の間にあり、緊迫した空気が漂っている。
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音