運命ならしょうがない
よくある話だとは思ったがわくわくする心は止められなかった。当然だろう、何せ、この糸の先には、運命の相手がいるのだから。
しかし今日は学校がある。糸をひたすら辿るわけにはいかない。けれど、もしかすると学校に運命の相手がいるかも知れない。そう思うといても経ってもいられず、浮き足だって支度をして学校に向かった。
さすがに朝一番に来ると、人は少なかった。ついついきょろきょろと糸の先を見てしまう自分を戒めた。学校に到着するまでの道でも、美人を見かける度にじろじろと見てしまい、すごい目で見られてしまった。美人が怒ると恐い、っていうのは本当だった。ちょっとぶるぶるした。
講義までには時間があった。仕方なくふらふらと歩いていると、赤い糸が地面に落ちているのを発見した。勿論、その糸の先の片方は、この小指につながっている。
これは、つまり、運命の人が近くに、この学校にいるということ……!
スキップしたい気分になりながら、早歩きで糸を辿り始めた。予想外にも、短時間で運命の相手が発見、いや、運命の相手と出会えるかも知れない。また心臓がどきどきし出した。
しばらく歩いていると、中庭に入ったようだ。木や花が増えて、空気が清々しく感じる。いつのまにか自分の足がスキップしていたのは、声をかけられてから気付いた。
「よう、きぃ坊。こんな朝っぱらから来るなんて珍しいな。」
スキップしている怪しい人物に話しかけたのは、この大学の教授、八代だ。八代の教える考古学は履修していないので本来接点はまったくないが、八代の研究室が中庭に面しているので、こうして中庭にくるとちょっとお話したりするのだ。
「先生ごめん。今俺忙しい。」
「何だ、しまに会いに来たんじゃねえのか。」
「しまさんじゃねーの。」
しまさんは猫だ。トラ柄の野良猫で、よく中庭に出没する。猫は好きだから、人なつっこいしまさんは貴重な癒やしで、よくしまさんをかまいにここへ来る。そんなわけで八代ともお知り合いになってしまった。
八代のことはとりあえず無視して、運命の人探しを再開した。どうやら糸はそこらへんの生け垣の奥につながっているようだった。このまま学校の門を超えた先までつながっていたらどうしよう。と考えたところで、聞き覚えのある猫の声が聞こえた。
にゃーん
「よう、しま」
背後で八代がしまに声をかけた。しまさんは賢いので、声をかけられたことが分かると返事をしてくれる。しまさんが八代に挨拶しているのを聞きながら、ひらすらしまさんを見つめた。正確には、しまさんの右手を。
猫だから手はないだろうが、人にたとえると右手だ。なんと、しまさんの小さな足に、赤い糸がからんでいる。いや、……きちんと結ばれている。しまさんの後ろに、赤い糸は伸びていなかった。しまさんが動くと、赤い糸も引きずられて移動している。
呆然とした。それ以外することがなかった。しょうがなく、しまさんを抱え上げてみた。
しまさんの顔をじっくりと見てみる。目はきれいなガラス玉のようで、青くて吸い込まれそうだ。顔立ちもなかなか愛らしく、大変美猫である。……美人じゃなくて、美猫である。どうあがいても人間には見えなかった。
しまさんを抱きかかえて黙っているのを見た八代はため息をついた。
「そんなにしまが気に入ってるなら飼えばいいだろ。研究室じゃ、無理だからな。」
「…………うん、そうする。」
八代がびっくりしたような顔をしていた。いままでさんざんかわいがっておきながら飼おうとは一言も言わなかったのに、突然そんなことを言い出したのだ。当然の反応である。
「俺、やっぱり、今日しまさんに会いにきたんだわ。」
「おお、そうみてえだな。」
猫とはいえ、自分の運命の相手だ。外に放っておくことはできない。しまさんに「いいか?」ときくと、にゃあん、と答えたので、とりあえず家に持って帰ることにした。
運命の相手が猫って。……せめて、化け猫とかで、人間に変身できないかな。
作品名:運命ならしょうがない 作家名:こたつ