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超短編小説  108物語集(継続中)

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 確かに、夏子の「あれ」は高見沢の「あれ」とは違っていた。しかし、中(あた)らずと雖(いえど)も遠からず、漬け物はとりあえず的中した。その範疇で、桜漬けを千枚漬けと読み間違えただけだった。
 されど思えば、中年オヤジの高見沢、会社に滅私奉公中であり、まだまだ働かなければならない。こんな漬け物が発端となり、熟年離婚のドツボにはまってる時間はない。

 それだというのに、今回はホント危機一髪だった。
 勘を働かせた千枚漬け、それに赤かぶらと桜漬けという保険を掛けておいて良かったとホッとする。

 しかし、歳を取るということはこういうことなのかも知れない。「あれ、これ、それ」で、すべてのことを済ましてしまうようになる。
 さりとて、今のところ大きな問題とならず、暮らしているのだから……、まことにラッキーというものだ。
 それでもついつい「あれ、これ、それ」を多用してしまうようになった現実、これはやっぱり寂しいことかな。
 赤かぶらと千枚漬け、それと夏子ご所望の桜漬け、これらの「あれこれそれ茶漬け」をさらさらと食べながら、高見沢は俯き加減となるのだった。

 こんな落ち込んだような夫の姿を見て、夏子がボソボソと呟く。
「あなた、いいんじゃないの、『食卓に あれこれそれで 春きたる』よ」と。
 これに高見沢ははっと気付く。夏子の「あれ」、つまり桜漬けの意味が。時節がらやっぱり――桜ものでなきゃダメなんだと。
「あれ、これ、それ」を決して侮(あなど)るなと世間では言われてるようだが、まったくその通りだ。

 そして、高見沢は桜漬けを箸で摘まみ上げ、「あれこれそれで、春きたるだね。明日、花見にでも出掛けてみるか」と妻を誘うのだった。