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超短編小説  108物語集(継続中)

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 春樹が育った田舎町にも同じような映画館があった。そして「喜びも悲しみも幾年月」という映画を、母の膝の上で観たことを微かに憶えている。こんなことが蘇り、この写真の情景に懐かしさが込み上げてくる。

 しかし、ノスタルジックな感情より、もっとこの風景の中に興味を引くものがあった。それは年端も行かない女の子だ。多分母親なのだろう、和服姿の女性が横に並んでいる。
 少女は手を繋いでもらい、きっと楽しいのだろう、スキップを踏んでるようにも見える。そんな母と娘が映画館へと入場する後ろからのショットだ。

 だが春樹はルーペを使ってでも拡大し、確かめたい。まるでイカ墨を引き延ばしたような色調、つまりモノクロ世界に、ケシ粒ほどの朱がポツンと浮き上がってる。春樹はその一点に焦点を合わせる。
 それは確かに、少女の髪に着けられた赤いリボンだ。蝶々の形をしている。こう識別できた春樹、思わず言葉を発してしまう。
「まったく同じ蝶々の赤いリボン。この女の子って絶対に、この間、映画館で見かけた子だよ」
 実に奇妙なことだが、春樹はこう確信した。