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「そういえば、知っておるかえ？　コインロッカーで嬰児（みどりご）を育てる話を」

　突然の一言に、泰遥（たいよう）は虚を突かれたように瞠目しました。己に話しかけてきた和歌（わか）と言う少女は、いつも唐突に話題を振って来ます。それなりの付き合いの末に、“それ”にはすっかり慣れていたのですが、その内容がまたあまりにも突飛だったため、その思考がついていけませんでした。

「……みどり、ご？」
「赤子よ、赤子」
「赤ちゃん、コインロッカーで？」
「そうそう。……やれ、どうした」
「……いや、フツー誰だって驚くから絶対」

　とにかく和歌の話は脈絡がありません。唐突に話し出すと思えば、突然話題を変えてしまったり。しかもそれが哲学的と言いますか、電波的と言いますか……小難しい内容であることも多いので、泰遥の頭では付いていくのが大変なのです。
　ゆっくりと和歌の言葉を脳裏で反芻して、ようやくその突拍子もない一言の意味を悟ったのでした。

「そ、それマジで？　ってかなんでそんなこと……」
「我もよく知らぬのだが……。初めは捨て子だったようでなあ」
「……は？　捨て子って？」
「言葉の通りよ。その嬰児、コインロッカーの中に置き去りにされておったそうだ。つまりは実親に捨てられたのよ」

　立て続けに明かされる驚愕の真実に、感受性豊かな少年は絶句するしかありません。
　口をあんぐりと開けたまま呆けること少し。――泰遥が復活する前に、和歌が訝しげに首を傾げました。

「やれ、聞いておるか？」
「……いや、その、あの」
「何故吃りよる」

　それで……と、泰遥を放って和歌は構わず話を続けます。

「偶然そのコインロッカーの鍵を拾った女人（にょにん）が、不思議に思ってそのコインロッカーを開けたら……中にはやせ細った嬰児が入っておった」

　あまり想像したくはない光景です。けれど何故だかその画像が、泰遥にはありありと見えるようでした。ある意味、ホラーのようにも思えてしまいます。――何よりあまりの衝撃的な事実に、軽い恐怖と眩暈を覚えました。

「ええっと……で、その赤ちゃん、生きてたの？　死んでたの？」
「一応息はあった。まあ、かなり衰弱しておったようだが。それで、その見つけた女人が密かに医者に見せに行き、治療を受けさせてやったのよ」
「……それで？」
「普通ならそこで警察にでも届けそうなものだがな……。なぜかその女人、嬰児に情を催したようでな。要するに手離したくなくなって、コインロッカーでその嬰児を育て始めた」
「……マジで？」
「ああ。でもまあ、いつまでもそんなコト続けられるわけがなかろ。結局は警察に届けたようだがな。まあ、世間にはそういう不思議なコトもあるのだ……」
「……いや、不思議とかそーゆー問題じゃないでしょソレ」

　無意識に嫌な汗を額から頬、顎の下に流しながら、泰遥は思わず嘆息しました。話し手が香織であるだけで、嫌に真実味のある話に聞こえてしまいます。無論、それが作り話なのか真実なのかは、今のところわかりはしないのですが。

「で、でもまぁ警察に保護されたってことはさ、結局のトコロその赤ちゃんは無事だったんでしょ？　ハッピーエンドだね」
「……そう思うか？」
「へっ？　そりゃまぁ……」
「…………」
「和歌ちゃん？」
「……その嬰児の出生、実は我の自身のものよ」