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子供の頃、見た夢を思い出した。
地球の外で独り、浮遊する夢だった。
彼は4歳の時、親に棄てられた。
繁華街の裏道で、ちょっと待ってろと父親に言われて待っていたら独りになっていた。
元々おとなしい子供だったが、その時から彼は言葉を失った。
本当は話せても、決して話さなかった。
土地柄か、路上生活でも必要以上に可愛がられる事はなかった。
飯屋が残飯をくれたり、スナックでたまに泊められたりする程度だった。
彼はそれで満足だった。何も望まなかった。
民生委員等から保護されそうになったが、その様な者からは死ぬ気で逃げた。
彼自身の直感で偽善や欺瞞を察していた様子だった。
所謂裏側の人間にしか懐く事は無かった。
そんな暮らしだったから暴力団の人間とも少なからず付き合いがあった。
しかし彼らも彼を可愛がった。
その土地を牛耳っていたのは小さな組だったが、
頭の人物の人徳で成り立っていた様で、
実際に付き合えばそれも頷ける面倒見の良さだった。
だからだろうか、陰からいつも彼の事を気にかけ、必要な時にはそっと助けてやっていた。
彼もそれなりの年頃になったある日、一人のチンピラから声をかけられた。
この道を真っ直ぐ行ったら、じきに煙草のケースを誰かが渡してくる。
そしたら、この金を渡してやってくれ。
少し気が乗らなかったものの、駄賃をくれる様子すら無かった所が逆に安心し、言われた通りにした。
それからそのチンピラからしばしば同じような頼み事をされ、やる気ゼロの態度でそれをこなした。
ある日、そのチンピラが彼の前に4人の男によって連れて来られ、突然ボコボコにされた。
チンピラが気絶し倒れた所で例の組の頭の人物が現れ、二度とあんな事はさせないと言い、チンピラを残して全員立ち去った。
彼は自分が何をさせられていたか大体分かっていたから、彼らに自分が如何に愛されているかを知った。
それから少し経って、例のチンピラが3人男を連れ立って現れた。
特に何も言わず彼を車に乗せ、のっそり車は進み出した。
チンピラは彼に、たい焼きでも入っているかの様なそぶりで紙袋を渡した。
中には拳銃が入っていた。明らかに粗雑な造りだった。
俺が今日からはこの地区を仕切る。そうなる事だろう。
お前の面倒も見てやる。
俺が合図したら撃て。撃つ相手は誰だか分かるな。
そうチンピラは言い、その後車内で口を開く者はいなかった。
車が組事務所の前に停車し、全員先程の車の速度に感化されたが如くゆっくりと階段を登って事務所に入った。
事務所は部屋が分かれておらず、入口を開ければ全てが見渡せた。
中にはこの間チンピラを彼の前に連れて来た面子全員、そして頭の人物がいた。
それがこの組の全容だった。
撃て
チンピラは小さく彼に言った。
彼はゆっくり紙袋から拳銃を出し、ゆっくり構えて躊躇なく頭の人物の頭に向けて引き金を引いた。
壁にパッと血と脳漿が散った。
彼は銃を構えたまま、ぼんやり立っていた。
組員達は一瞬表情を失い、すぐさま我に返って拳銃を抜いた。
彼以外のチンピラ一味全員がその場で、瞬時に射殺された。
一人の組員が事務机の引き出しをごそごそまさぐり、一本のロープを手にしたかと思うとそれを鋏で二つに切った。
そして悲しそうな顔を浮かべながら彼に近付いた。
彼はずっと頭の人物に銃を向けていたが、ふっと銃を下した。
静かに、両手首と両足首が結ばれた。
チンピラの車、そして組の車の2台で埠頭に到着した。
チンピラの車の後部座席に彼は乗せられ、その車は海に向けて停められた。
全員で車の外から、静かに彼の姿を眺めた。
暫く、全員立ち尽くしていた。
やっと、さっき彼を縛った男が運転席側のドアを開け、彼が撃った拳銃をアクセルに結び付け、手でそのアクセルを支えた。
悪いな。
そう小さく呟き、手を離した。
彼は子供の頃に見た夢を思い出した。
独りで宇宙を浮遊していた。
宇宙服にはスピーカーが付いており、父親の声が聴こえた。
そこで待ってろ。必ず迎えに行く。
その時彼は月の裏側に入り、彼は闇に包まれた。