小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

深海の熱帯魚

INDEX|17ページ/42ページ|

次のページ前のページ
 

16 寿至




「去年の夏に泊まった宿は?」
 塁は旅行雑誌を見るともなしに捲りながら、机に脚を投げ出している。
「お前、あそこは学校の補助があったから泊まれたんだよ。結構値段するんだぞ」
 室内に陽がさしてきて、室温が上がってきた。リモコンで室温を下げる。

 去年、野球部の合宿にOBとして参加した時、部員とは別にランクの高い宿舎が与えられた。海に面していて、刺身が美味くて部屋も綺麗で、後輩たちには申し訳ないぐらいの宿だった。
「俺ら、バイトもしてないし、あんまり高い宿には泊まれないしな」
 智樹は真剣に考えている様だ。難しい顔をして眉間に皺を寄せている。
 俺は拓美ちゃんと泊りがけの旅行に行けるだけでお腹一杯なのだ。宿なんてどこでもいい。ただ、俺以外にまとめ役になる奴がいないから仕方が無く、いつものように俺がまとめ役になっているだけなのだ。
「今迄、野球部の合宿に使ってた安い方の宿は、どうなの?」
 俺の方を真直ぐに見つめる拓美ちゃんの視線が心地よく刺さる。女神。
「あの宿は安いけど、女の子にはどうかなぁ。トイレとか風呂とか、綺麗な方が良いでしょ。部屋も何か、民宿です!って感じでさぁ。イヤでしょ?」
 俺は俺の持ち得る最大限の心遣いを使い果たした。
「別に私は眠れればどこでもいいし」
 あっさりな拓美ちゃんの顔に俺は呆けた。
「君枝ちゃんは?」
「風呂とトイレがあれば」
 下宿決めてるんじゃないんだよ!と俺は思ったが、意外と女性陣は宿に関してはどうでも良いらしく、それなら今まで野球部で使った古い民宿を二泊分、手配する事にした。男どもの希望は聞かない。
「え、俺、トイレは洋式じゃないとダメだけど。あとウォシュレットー」
 塁は眠そうな目で俺を見据えているので「黙らっしゃい!」と言って携帯に入っている民宿の電話番号を呼び出し、予約を取った。希望する日はまだ空きがあり、野球部でお世話になったと言ったら少し値引きをしてくれた。
「目の前、砂浜だったよなぁ」
 遠い目をして智樹が話し始めた。俺も昨日の事の様に思い出す。
「砂浜、走らされたよな。あれはキツかった」
「矢部君と拓美ちゃんは部活とか、やってなかったの?」
 君枝ちゃんが遠慮がちな視線を拓美ちゃんに向けると、拓美ちゃんが先に口を開いた。
「私はバイトしてたから。君枝ちゃんは?」
 視線が集中すると一気に顔が赤くなるのが君枝ちゃんの可愛い部分だ。
「私は何も。高校と家の行き帰りだけで。三人の野球部でのポジションは?」
 デニムに手のひらを擦りつけながら俺に視線を寄越す。どうやら君枝ちゃんは野球に関する知識がそれなりにありそうだ。女の子でポジションは?なんてなかなか訊かない。
「俺がキャッチャーで智樹がピッチャー。二人でバッテリー組んでたんだ」
 そう言うと「おいおーい」と少し離れた所にいた塁が口を尖らせて会話に割って入る。
「俺が入ってないじゃんかよ。俺だってスタメンでやってたんだから」
 くちゃくちゃとガムを噛みながら置いてけぼりを食らった塁は、実はチームナンバーワンの俊足を誇っていた。
「塁がショート。塁は三年間、盗塁王の座を譲らなかった俊足なんだ」
 俺は自分の事の様に誇らしく言った。君枝ちゃんも拓美ちゃんも「へぇ」と少しは塁を見直すような目を彼に向けたと思ったが、少し違ったらしい。
「すばしっこそうだよね」
「うん、逃げ足が速そう。万引きとか、うまそう」
 塁は旅行雑誌を丸めて口に当てて「バーカ」と大声で叫んだ。

「で、向こうで何をするか、だよな。二日もあるもんな」
 何の趣旨も無いこの同好会で、二泊分のイベントがあるはずもない。一番初めに思いついたバーベキューは、前回やったという事で却下された。実際は鉄板焼だったのに。
「折角海に近いんだし、海で遊びたいよねぇ」
 拓美ちゃんの言葉に、俺は持ち上がる頬が抑えきれなかった。完全にニヤけていた。拓美ちゃんのビキニ姿なんて想像したら、それだけで二日間終わってしまいそうだ。今日のオカズは拓美ちゃんのビキニ......。
「短パン持って行かないとね」
 短パン......だと?世の中の女子が最も履いてはならない服ではないか。なぜ海に行くのに短パンなのだ!海にはビキニだろう!
「え、矢部君は水着じゃないの、紺色の」
 君枝ちゃんは顔を真っ赤にして「違います!」と塁にベーっと舌を出している。俺は紺色の水着を着た拓美ちゃんも悪くないと思った。
「俺らは海パン持って行くか」
 それまで黙っていた智樹がそう言うと「智樹の隣に並ぶと自分の身体のしょぼさに泣きたくなるんだよなー」と抑揚のない声で塁が呟く。
 塁なんて良い方だ。アイツは細いから。俺なんて、野球をやめた途端に筋肉の上から贅肉が乗りはじめているというのに。
「僕ちゃん、Tシャツも持って行こうっと」
 片足を上げて胸に腕を寄せてポーズをとると「キモッ」と拓美ちゃんに視線を逸らされてしまった。

 レンタカーの手配も俺がする事になった。実質、このサークルの親分は俺になりそうだ。骨が折れる。

作品名:深海の熱帯魚 作家名:はち