君に秘法をおしえよう
暁斗・アナタの知らない世界2
「人が多い、とか、霊場は色々あって大変とか、そんなことより……」
はあ、と大きくため息をついた。何か言いにくそう?
「陰陽師やっていくの休みたいっていうか」
え、ええ? 今、何って言った?
「やる気が出ないっていうか。別にめっちゃ嫌って訳じゃないんだけど、うーん、何ていうか、同じことの繰り返しというか、あのパラダイムから出たいっていうか」
「パラダイム?」
「その世界で信じられている価値観。この場合、陰陽師たちや相談にくる人たちの価値観。その価値観からズレてしまうと、仕事自体がやりにくくなるんだよね」
「正宗は、陰陽師世界の価値観が変わってしまったんだ」
「そう。相変わらず、理解早いねー、暁斗は」
正宗は、苦笑いしながらコーヒーに口をつけた。今日はこれを聞いて欲しくて、ドライブに誘ったのかな、っと少し感じた。
「陰陽師は汚れ仕事なんだ。人の暗い部分を確認して、それを解決する。陰陽道が日本に入ってきた当時は、暦を占ったり、病気を治したりする仕事が、ほとんで、呪術の使用はちょっとだけだったんだ。それが、平安時代から急に、呪い屋みたいになって、現在もほとんどが、そっち関係の依頼なの」
「なんで、平安時代からそうなったの?」
「政治的な駆け引きが多くなったからじゃないかな? 政敵を倒した人間は罪悪感にかられるだろ? 呪われて当然だと思っている。そんな下地があって何かよくないことが起こると、蹴落とした人間の『たたりだ』って言うんだ。それで、お互い、あいつが呪った、呪い返した、と心理合戦に突入しても不思議じゃない」
「大宰府に流された菅原道真公は、大宰府では結構それなりに楽しくやっていたのに、京都のほうでは、すごい怨霊にされてたよね。火事や疫病が起こったら『道真のたたりだ』って」
「あれは本当なんだ。道真公のたたりだったんだよ。ただし、その『たたり道真公』は本人が作った怨霊じゃないけど」
「じゃ、誰が作ったの? て、あ、もしかして、道真公を流罪にした人間?」
「あたり。暁斗って天才?」
「だって、さっき倒したほうが罪悪感にかられる、って話したろ? この前、正宗は悪い感情を持つと、それは自分に返ってくるって言ったよね? じゃ、この『たたられるかも』て思いも返ってきてもヘンじゃない」
「同じような思いは引き寄せあうんだ。元は道真公のうらみエネルギーもあっただろうけど、大方は追いやった人間たちが作ったもの。それに、浮遊していた似たような『たたられるかも』エネルギーがくっついてきて、巨大な力をもつ怨霊が出来上がった。あの頃の人間は呪いに没頭していたから、『たたられるかも』エネルギーが充満していたんだ」
「ふえー、それはすごいなぁ。で? それを陰陽師たちは退治したんでしょ?」
「当然借り出されただろうね。でも、後で天満宮とか建ててるとこみると、沈められたかどうかは疑問だな。だって、『たたられるかも』エネルギーはずっと、京都の人にあるわけでしょ? じゃあ、少しくらい退治したって、また、大きくなるよ」
ここで正宗は、また大きくため息をついた。
「今だって、平安時代と変わりゃしない。いや、グローバルになって、ますます人の悪意が拡散しやすくなっている。どこかで止めないと、いくら除霊したってキリがない。自覚がない人間たちは、悪感情を垂れ流しつづけてるんだ。それをどうにかしないとダメだ」
「臭いものは元から断たなきゃダメって?」
「うん。もちろん、急場の除霊は大事だし、心理療法として『除霊しました』ってやって、それを信じたら、『たたられるかも』エネルギーが生まれないから意味あるんだ。けど、なかなか信じる人って少ないよね。ほら、うずまきパワーだから」
やめたくてもやめられない。とめたくてもとめられない。それがうずまきの慣性力。
オレたちは笑いあった。
「そっか、正宗は、その、やめたくてもやめられないうずまきパワーを止めるほうの仕事がしたいんだ」
「仕事かどうかは分からないけど、今はそっちのほうが大事だと思っている。いつまでも呪った、防いだ、ってやってたってしょうがないでしょ? なんか世界の戦争といっしょだな」
「ほんと」
「陰陽師や密教の世界でも霊について誤解している人が多くてさ。霊は相手そのものから来ている、って思っている人がいるんだ。ほんとはさっき言ったように、被害者妄想で自分が生み出すもの、相手そのものからくるもの、そして霊能力のある者が作った悪霊など、種類はいろいろあるんだ」
「幽霊はどの部類?」
「だいたいは成仏できない本人だけど、家族なんかが愛着を持ちすぎて作るってこともある。どの場合も、その霊と同じような波長がないと、憑りつくことは無理なんで、あんま神経質になる必要はないけどね」
「正宗は霊が見えるの?」
「見ようと思えば見れる。見ようと思わなければ見えない。ちょうど3Dの隠し絵を見る時みたいに、見方を変えるんだ。メガネは一種の切替装置なんだ。はずすとよく見えちゃうっていうか。こんな事言うと、魔法のメガネみたいに思えるかもしれないけど、そうじゃなくて……どう言ったらいいかなぁ…… 自己催眠的なものをかけている、っていうのが、現代的かな?」
「ふうん……」
なんか。
正宗って……すごい。能力が普通じゃない。
大変だなぁ。オレが生きてきた世界と全く違う世界で、年もひとつしか違わないのに、ほんとしっかりしている。今まで陰陽師の仕事のことは聞いたことなかったんで、驚いた部分もあるけど経験が違いすぎるよ。なんで人間、こんなに違うんだ? うー、だんだんコンプレックスを感じてきた。
「それより仕事だよ。陰陽師の仕事、休んだほうがいいと思う?」
そんなしっかりしてるのに、なんでオレに聞くんだよ?
「好きなことしろ、って言ったの正宗だろ?」
「へ?」
「仕事、って考えるから分かんなくなるんじゃん。うずまき研究につかえる部分があれば、陰陽師の仕事も選んでやったらいいんじゃない?」
ちょっと意地悪な表情をしてみてから水を口に運んだ。だって、高校留年、中退間近のオレなんかになんか聞くからだよ。
なのに。
正宗は、なんともいえない感動したような表情をしてオレじっと見つめた。
「やっぱ、俺、暁斗のこと好きだわ」
「なんで?」
「頭いいから。あ、顔もいいけど」
「はいはい」
オレより何倍も頭いい人に、頭いい、て言われても説得力ないんだよ。なんで、正宗はオレなんかが好きなのかね? 彼ほどのレベルになりゃ人間の外見うんぬんで人を判断する訳ないし。何たって霊まで見えるんだから。
本当は分かっている。オレたち、普通じゃない感覚を共有している。それは確か。でも、それはオレでなくても他の人でもいいんであって、正宗のように霊能力のある人なら、誰だって、そういった感覚で分かり合えるんじゃないかな。
やっぱり、コンプレックス。オレ、なんで何も出来ないんだろう。
作品名:君に秘法をおしえよう 作家名:尾崎チホ