君に秘法をおしえよう
正宗・出会い
やっと会えた。
彼に会うのは、それが三回目だった。
夜の繁華街で、男たちに殴られてボロボロの姿だった。よく切れる妖剣(ようとう)のような美しさをもつ彼は、ボロ布のようでも夜目についた。
「大丈夫か?」
俺の声に、へたりこんでいた彼はうさんくさそうに上を向いた。
一瞬、驚きのため大きく瞳孔が開かれたが、少し安心したように息を吐いた。
「ふっ、なんだ」
無理につっぱった声を出すと立ち上がった。
「なんで、正宗さんがこんなトコにいるんですか」
「集金だよ。うちは酒屋もやってるからね。ああ!」
よろめく彼を支えようと手をのばす。
が、
バッとはたかれてしまった。
「かまわないでください。大丈夫っすから」
暗い瞳が、いっそう暗さを増していたが、彼の熾烈な心の炎は消えてなかった。
彼は背中を向けて、逃げるように歩きだした。水商売特有の黒いスーツが不似合いだった。
「待てよ。大丈夫じゃないだろ。だいたい、こんなトコで何やってんだよ? ずっと探してたんだぞ」
「……すみません。でも、もうオレのことはほっておいてください」
「そんなこと出来るわけなんだろう。 オヤジらだってすごく心配してる」
少し背中が震えたような気がした。
「ほんとに……すみません……」
そう言うと彼は脱兎のごとく逃げていった。反射的に追いかけようとしたが、止めた。
なんだか、余計に彼を追い詰めるような気がしたからだ。
そのかわり。
俺は、その日から彼をみかけた盛り場をうろつくようになった。彼の居場所はきっと界隈だ。
俺、高原正宗(たかはらまさむね)が、彼―狭間暁斗(はざまあきと)と出会ったのは、今から半年前。
剣道の全国大会。最後の決勝戦だった。
俺は、こう見えても、剣道の腕前は全国クラスで、中学から三位以下に落ちたことがない。その世界では有名なほうだ。
当然のことながら、今年も、覚えのある田野倉か新庄あたりと、決勝であたると思っていた。
だが、当ったのは、全く知らない高校一年生。
狭間暁斗という、スラリと長身の男子だった。
「かまえ。……はじめ!」
最初から、何かが違った。
……うちこめないのだ。
隙がないのは、決勝戦相手としては、当然だが、うちこんだら負けそうな気がするのだ。
『なんだろう、この感覚は』
何か引き込まれそうな気持ち悪さがあって、俺は焦った。
様子が分からず、そのままお互い打ち合うのだが、どちらもポイントにならない。
「やあ!」
暁斗が、上段から胴に払ってきた。俺は咄嗟に交わし、小手を狙うが当らない。
『だめだ…… 相手に飲まれては……こういった感じには』
邪気の感覚に似ていることを思い出し、俺は、清涼な小川のイメージで、暁斗の気を流した。
そしたら、パッと霧が晴れたように、すがすがしくなった。
「たあー」
小川を突っ切るように、正面打ちをくりかえし、胴をはらった。
ポイントの旗が上がる。あと、一本。
暁斗の剣は、その後妖気を増した。ものすごい気合でにらみ合う。少しでも気を抜くと負けそうだった。
もういちど心の奥に静かな湖面を思い描く。心の位置はそこに置き、竹刀を繰り出した。よく見える、相手の太刀筋が。そのまま大きく体をかわし胴をはらった。
有効! 勝負あった。
礼が終わり、各々の控えに帰る。
どうしても気になって、暁斗の顔を見ずにいられなかった。
おもてを外した暁斗は、精悍で切れ長の大人びた目をしていた。反面、あごの線は、十五、六歳の少年らしさがあり、そのアンバランスさが妙な色気をかもし出していた。
いったいどこで、あの邪気のような妖気を身につけたのか? 俺は不思議に思えて彼から目が離せなかった。
「?!」
目が合ってしまった。
気まずくなって、すぐに目をそらす。あれだけじっと見りゃ、そりゃ気づくって。
表彰式の時、暁斗がボソリと俺に言った。
「どこで、あんな技、身につけたんですか」
「え?!」
「まえ、まえ」
写真撮影に群がる群集に笑顔を向けたまま、小声でしゃべれと指示する。なんちゅー、エラそうなやつだ。
「君こそ、おかしな妖気を出すよな」
「そんなコトしてないっすよ。高原さんこそ、こっちの気をくじく戦法つかったじゃないですか」
「君が邪気を出すからだろ」
「邪気?」
暁斗は不承な顔をして、つぶやいた。どうやら自覚がないらしい。
「俺んち祓い屋みたいなことしてるから、ちょっとは、そういったの分かるんだ」
興味深そうな顔をした後、暁斗は黙りこみ、それ以上話をすることはなかった。
その月の「月刊・剣の道」は、優勝した俺より、ルーキーの一年生、美剣士、狭間暁斗の記事に気合を入れていた……ような気がするのは、俺のやっかみではないと思う(笑)
気になりつつも、暁斗に会う機会もあるハズもなく(だいたい、暁斗の学校は剣道無名校だった)季節は過ぎた。
そんなある日、運命の歯車は再び、かみ合ったのだった。
作品名:君に秘法をおしえよう 作家名:尾崎チホ