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天空詠みノ巫女/アガルタの記憶【零~一】

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一 炎のカッパ記念日



 一 炎のカッパ記念日

「ごめんなさい……」
 夕暮れも間近な放課後の校舎の屋上に、その女子生徒の声は空しく響く。

 久城市郊外――太平洋を眼下に見下ろす小高い丘の上に、私立緑光学園高等部の校舎は建っていた。
 全校生徒、約六百人。併設する幼稚園から大学まで含めると凡そ三千人以上が通う、ちょっとした学園都市のほぼ中央にその校舎はあった。
 そこの生徒会長を勤める神谷サヲリ(カミヤ サヲリ 十八歳)は、校舎の屋上に呼び出され、今まさに同じクラスの男子生徒から『告白』を受けている最中であった。
「お気持ちは嬉しく思いますのよ……。でも私達、今年は受験生でしょう?今は、そんな気分にはなれませんの……」
 全校生徒の代表である生徒会長として。そして、クラスメイトの気の良い仲間として。そんな立場を崩すことなく、男子生徒からの申し入れを断っていた。
「僕としては、君とのことを励みに受験を乗り切りたいと思っているんだ」
 尚も食い下がってくる彼に対し、サヲリは深々と頭を下げた。
「本当にごめんなさい」
「……」
 男子生徒は、全く揺るぎそうもない彼女の決意を受け入れるしかなかった。
「そうか……わかった。呼び出して悪かったね」
「いいえ、構いませんの……お気になさらないで。前川君は確か、第一志望は北教大でしたわよね?受験、がんばってね」
 何を話そうにも、彼女の口からは『受験』や『進学』のことしか出てこない。これでは、残りの高校生活を彼なりに楽しみたいという希望は叶いそうになかった。
「ああ、ありがとう。神谷も……」
 そう言い残すと、すごすごとその場から退散するより他なかった。
 サヲリはその場に留まったまま、彼の姿が校舎へと消えていくのを見届けると、深くため息をついた。
 ハァー……
(本当に面倒ですわ。励みにしたい?自分勝手な都合を押し付けて、私の事情など考えもしないで……本当に身勝手なこと。なぜ私が彼に対して謝罪の言を述べなければなりませんの?面倒を押し付けてきたのは、彼の方ではなくって?……発情する暇があったら、他にやるべきことは山ほどあるでしょう?全く、人間の雄とは理解し難い生き物ですわ……)
 こんなことは一度や二度ではない――神谷サヲリは一年の頃からクラス委員としてリーダーシップを発揮し、数々の校内行事でクラスを取り纏めてきた。
 それでいて、誰にでも分け隔てなく接する物腰の柔らかな人柄で、男子生徒は元より女子生徒からも慕われる存在となっていった。
 二年になると、『実は理事長の娘だった』ことが公になったこともあり、それが当然の成り行きであるかのように、全学年のほとんどの生徒の支持を得て生徒会長へと推薦されたのだった。
 だがそれは、彼女の虚像のほんの一部に他ならない。自身が置かれた立場や目的のために、『らしく振舞う』ことで手に入れた『証』がそこにはあった。
(何か、方法を間違ってしまったのかしら?)
 こんなことが度々あると、彼女は自分の『やり方』を疑ってしまいがちになる。
(そんなことはありませんわ。全ては流れのままに……だからこそ、私はここに、こうしていられるのですから……)
 若さ故の迷いと葛藤が、彼女の中にも少しだけ残されていた証拠であった。
 そんな折、彼女の携帯電話が低い振動音を立てる。見ると、立て続けに同じ人物から着信が入っていた。

「――わかりました。詳しくは帰ってから……それと、車の用意をお願いしますわ」
 それだけ告げると電話を切った。
 彼女は普通の高校生であると同時に、それとは全く異なる別の『立場』を有している。
 着信の相手はその『立場』に関した者からであり、先ほどの告白劇の最中からずっと鳴り続けていたことをサヲリは無意識に忘れていた。
(だから、男って……)
 既にこの場を去った男子生徒に、理不尽な八つ当たりをする――因みに、彼女は立場上この土地から離れることはできない。
 そのため、当然のことながら進学は付属の大学であり、受験などはサヲリの予定には入ってはいなかった……。