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その背中を追いかけた(6/11編集)

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 半袖でいるのは、少しためらうような季節になった。
 部活も無い、予定も無い。太陽も半分眠りかけの、何でもない日が久しぶりにできた。それでも部屋の中で過ごすには惜しい。なんとなく窓を開けたら、涼しい風が吹いていた。

(……飲みもんでも買うてこよか)

 ポケットに小銭を適当に詰め込んで、手持ち無沙汰な両手もついでに突っ込んだ。

(それにしても、)

 自分にすら、何か言い訳しないと動けないなんて。
 自嘲して、玄関のドアを開けた。
 自販機はもういくつも過ぎている。飲みたいのが無かったからと。また不要な理由をつけた。
 いつのまにか風景は変わり、見慣れない建物がぽつぽつと建っている。そういえば、こっちに来たことはなかったことをぼんやりと認識する。学校との往復に関係ない道は、滅多に通ることはないものだ。
 周りの景色を眺めながら、ひたすらゆっくり歩く。両手はポケットに突っ込んだまま。住宅だらけのそこに、木に囲まれた空間を見つけた。

「お、幼稚園じょ」

 おぼろげながら、懐かしい記憶がよみがえる。別に自分が通っていた場所ではないけれど、サイズの合わない遊び場はきっとどこも同じだろう。休日で誰もいない空間に誘われるように、その門を飛び越えた。

「不法侵入ですか」

 足を着けた瞬間、背後から聞きなれた声がした。

「あ、青葉!?」

 誰かなんてわかっているけれど、驚いて振り向く。案の定、黒髪の同級生がぽつんと立っていた。彼女も偶然散歩していたのだろうか。

「何するつもりだったんですか」

 そういって、なぜか彼女も門を飛び越えてきた。

「いや、なんか懐かしなったねん」
「君、ここ在住だったんですか?」
「ちゃうけど」
「……ああ、とうとういたいけな幼子にまで手を出したと」
「そうそうちっさいのがちょろちょろしちゃーる(している)んのかえらし(可愛い)よなっ……ってあったれ!」
「…………」
「……ちょお、そこまでひかんでもええわして(いいじゃないか)」
「君が言うとジョークに聞こえないですね」
「お前な……」

 わざとらしく肩を落として、歩き出した。もう膝の少し上までしかない鉄棒に触れる。こんなに低くては遊べないな。目を細めて、逆上がりを一所懸命練習した小さい自分を思い出した。

「練習したなあ」

 自分にしか聞こえないくらいの声で呟いたのだが、意外にもすぐ近くにいた彼女には聞こえていたようで。

「そうですね、」

 これまた意外な返事が返ってきた。

「青葉様も練習したんですか」

 限りなく標準語のイントネーションに近づけて尋ねる。

「……君はボクを何だと思ってるんですか?」
「鉄血の女王様?」
「それは正解ですが」
「それはええんかいな」

 思わず笑ってしまった。今日は珍しく素直な方なのかもしれない。

「なんかな。こうゆうの見ると泣きたくならへん?」
「ホームシックってやつですか? 『激ダサだな』」
「や、それとはまた違う感じやねんけど なんでテニプリ?」

 特別な何かを思い出すわけではないけれど、『懐かしいという感情』が頭の隅に浮かんでくる。そして、なぜか泣きたくなるんだ。

「小さいですね」

 声のした方を見ると、自分の背ほどしかないジャングルジムに手をかけている青葉が見えた。頂上を見上げるその横顔がとても綺麗で。ああ、カメラもってくればよかったなと後悔した。
 いつか彼女のことも、逆上がりした記憶のようになってしまうのかもしれない。今度はその写真を見るたびに今日感じた懐かしさを思い出して。そして幼稚園を見るたびに、彼女の美しさを思い出すのだろう。
 彼女を愛した記憶を思い出すんだ。彼女に愛された記憶を思い出すんだ。いつまで君は傍にいるのだろう。いつまで君の側にいられるだろう。できることなら、君と一緒に今日のことを思い出したい。写真なんか残さなくてすむように。
 だけど、

「青葉、」
「帰りますよ、見つかったら大変です」

 続きを先に言われてしまった。驚いているうちに青葉はすたすたと出口に歩いていき、入ったときと同じように綺麗なフォームで門を飛び越えた。そして振り返ってこう云うんだ。

「早くしないと置いていきますよ」

 そういう君の顔はいつにもまして綺麗で。慌てて門を飛び越えて、その背中を追いかけた。