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「レナ」
こんなわたあめのような世界にひとつだけなにか確かなものがあるとしたら、低くてでもやさしいこの声音だろうな、なんて。私のなまえを呼ぶ方をゆっくりと振り向く。アーモンド形の瞳を少しだけ細めて、怪訝そうにそいつは突っ立ていた。
「なあに」
「これ。」
どうすんの、と言いおもむろに黒いビニール袋を前に突き出す。
このやりとりは何度目だ。
「もってかえるのよ」
「それはさっきも聞いた」
「じゃあ聞くんじゃねーよ」
「俺が言ってんのはそういうことじゃないよ」
「じゃあ。何」
更に目を細めたために眉間に深い皺ができる。
「これを。こんなことをして、どうしようっていってるんだ」
「煮て、焼いて、食うのよ」
トラックが真横の道路を通り過ぎる。喧騒に掻き消された私の声は、口の動きだけじゃ解らなかったらしい。
「え?」
「ごめん、うそ」
「だからなにが・・」
「だからもういいってば」
くだらないジョークを二度も言うほど私は落ちぶれちゃいない。ハイライトに火をつけて深呼吸。おもたい煙が私を満たした。
「いくよ、アメリ。」
アメリは納得のいかない顔で頷きもせず私を凝視する。
いのちひとつぶんの重さを抱いたビニール袋も、私を凝視している。
ふわふわした、それでいて氷点下の早朝
私たちは人を、殺した。