ひいらりさん
なんてことを思っていた頃が俺にもありました。
*ひいらりさん*
「ほら柊君!ネギ持ってきな!」
「お、いいんすか?ありがとうございますー!」
「あら柊君じゃないの。この前はありがとねえ、ほらこれお礼!あげるから!」
「うわー、おいしそうなスイカ!」
「柊君まだ若いんだから、たくさん食べなきゃだめよ!」
「いいんですか?こんなにもらっちゃって」
「気にしないで!いっつもお世話になってるんだからさ!」
俺、柊総司、23歳、独身。
夕暮れの商店街を歩けばあたりそこらの人から声をかけられ、野菜や果物、魚をもらう。
何年か前にこの商店街近くに引っ越してきた俺は、ちょっと近寄りがたい性格だったというか、まあはっきり言っちゃえばただのイタい奴だったわけ。
だからはじめはここの空気になじめないし話しかけられてもぶすっとしてろくに返事もしてなかった。
それがなんでここまで変わったかというと、一重にここの商店街の人たちのおかげっていうの?
何年も住んでりゃ嫌でも変わるってね。別に嫌じゃないけど。
まあ俺がそこまで面倒な性格だったのは俺の小さい頃の環境とか、親とか、いろいろ。ちょっとヘビーな話だし省略!
と、目の前にありますこのおんぼろアパートの一室。これ、俺の家。因みに三畳一間。ちょう狭い。
でも金なんてほとんど持ってないような状態で当時の家を飛び出した俺にはこの三畳一間が城にも見えた。
当時の大家さんには感謝してる。なんせ身一つで身分証明書の類を何も持たない俺に部屋を貸してくれたんだから。
その時の大家は、いない。
ちょうど三年前に病気で死んだ。親のように慕ってた大家の死は俺の世界を変えた。
そして俺は、その時生まれて初めて何かに積極的になったと思う。俺は自ら進んで大家になった。
「今日は命日だったよな、元・大家さん」
って、部屋の前でしゃべってても誰も返事なんてしないし何より俺のキャラじゃない!もらったスイカも重いしね。
そうそう、このスイカや野菜たちも、大家だけじゃ食ってけないと思って商店街の人の手伝いをするようになったらもらうようになったんだよね。
誰かに見られる前にさっさと部屋に入ろーっと。
「おーやさん?」
「!?」
いいいいいい今の誰だ!?おいおいビビらせんなよ俺ちょっとそういうの苦手なんだよいや本当にやめてくださいお願いしますマジで。
「おーやさん?」
「うわああああああやめろおおおおおお」
「だ、だいじょうぶ…?」
思わず頭を抱えてうずくまると、同じ高さの視線とぶつかった。
よ、幼女…?なんでこんなところに…?
ていうか幼女にビビってたとか!泣きたい!なんかもういろいろと泣きたい気分だ俺!
ちょっと困ったようにしてるその幼女に俺は努めて笑顔で話しかけた。
「お嬢ちゃん?こんなところでどうしたのかな?お母さんは?」
「おかーさん、おうちでおさけのんでた」
「!」
「でもきのう、いなくなって、わたし、おうちなくなった」
「…そっか」
よく見るとこの子供はどこか薄汚れた服装だった。
その汚れた服を見ると、なんとなく、ここに来たばかりの頃の俺に似ているような気がした。
「うちに、くるかい?」
「いいの?」
「お嬢ちゃんの好きなようにしなよ」
「これ、おかね、わたしもってるぶんだけはらう」
そう言って彼女が小さな手のひらに乗せていたのはプラスチックのおもちゃのお金。
さすがに俺もこんな小さい子からおもちゃのお金まで巻き上げるほど鬼畜じゃない。俺は笑って女の子の手を押し戻した。
「これはいいよ。お嬢ちゃんが持ってな」
「いいの?」
「大きくなったら払えばいいよ」
「……ありがとう」
あの時、俺が言われた言葉。
俺がこの言葉の意味にどれだけ救われたか、きっと大家さんは知る由もない。
でも、今この女の子が笑ってるように、俺も笑ってたかもしれないから、あの大家さんのことだからわかってたのかもしれないとも思う。
「名前、なんていうの?」
「マダガスカル玲子」
「マダガスカル玲子?」
「うそだよ」
「うそかよ!」
なかなかボケの素質がありそうだぞ。この子。思わずずっこけたもん、俺。
「さやまちあき、5さいです」
「ちあきちゃんね。俺は柊総司っていうんだ。よろしくね」
「ひいらりそうじ」
「いや、”ひいらぎ”だからな」
そういうと「ちあき」はもごもごと言いにくそうに口を動かした。
「ひいらりさん?」
「ひいらぎ」
「ひいらり」
「ひ・い・ら・ぎ」
「ひ・い・ら・り!」
「なんでそこ噛むの!」
「わかんない!」
気が付くと「ちあき」は俺の部屋で楽しそうにきゃっきゃと声をあげて笑っていた。
結局俺のことひいらりってしか呼べないし。なんでそこ噛むの。
まあ、なんだかんだで俺とこの子供との付き合いは思いのほか長くなるのだが今はまだ先の話。
「ちあきちゃんそれスイカだからイスにしちゃだめだってば!」
「わるいねじょにー」
「柊だっての!」
つまり何が言いたいかっていうと、なんか俺も楽しいなって話。