帰ってこいよ
翔太は私に言うのだった。何かといえば集まる居酒屋で。マスターというよりもオッチャンといった方が良い店主とも懇意の仲だ。
「私らしくって何よ」
憮然として私が聞く。
「お前には、飾り気のないショートヘアとナチュラルメイクが良く似合うの。なのに何だよ今日の厚化粧は」
「だって……」
だって、今日は久しぶりに、あいつが東京から帰ってくる。3年ぶりに合うんだもん。気合いだって入ります。
「気持ちは分かるけどね。でも、それは無いって。悪いこた言わないから化粧直しておいで。いつも通りの自分で会って、それで駄目なら泣けばいい」
「翔ちゃんの言うとおりだよ」
オッチャンが口を挟んでくる。
「オッチャン、さっきから何度も松村和子の『帰ってこいよ』を店に流すのやめてくれない?」
私はそういうと、ハンドバッグを掴んで席を立った。
化粧室の鏡の前に立つ。
確かに化粧濃いかな。
私はハンドバッグから化粧道具を取り出した。
「お待たせ。どぉ? おっしゃる通り直してきたわよ」
私がそう声をかけると、翔太とオッチャンが同時に振り向いた。
しかし、私の顔を見た2人はビックリしてポカンと口を開けしばらく固まっていた。
そして、低く唸るような声で同時に歌いだした。
「かえって濃いよ。かえってー濃いよーっ。かえって、濃いよーーーーーっ!」