流れ流され生きてゆく~凛としてⅡ~
しかも これ以上はないというほど酷いかたちで
何をどう言えば良いのだろうか
何をどんな風に考えれば良いのだろうか
相手にそこまで軽く見られているとは想像もせずに
互いの立場は同等であると信じ切っていた私
誠実そうな言葉の数々は何だったのか
あまりにも予測不能の出来事だったので
その日はずっと悶々としていた
―というよりは ずっと落ち込みっ放しで
頭の中を 何故 どうしての言葉だけが嵐のように舞い踊り
私自身の心も嵐のように吹き荒れていた
信頼という言葉は何のために存在するのか
自分が黙っていることが逆に利用され逆手に取られ
約束なんかしていないと言われたことがショックだった
私は相手を心から信じていたからこそ
ずっと黙っていたのに
その人は言った
あなたは何も言わなかったでしょう
だから 私は報酬は要らないと思ったんですよ
報酬の要らない人だと思ったから、頼んだんです
あんまりだと思った
物には言い様がある
仮にその人がそう思っていたとしても
それはあくまでも心の奥底にしまっておくべき言葉ではないのか
その人に対する信頼も何もかもが粉々に砕け散った瞬間だった
あまりにも辛くて 情けなくて
涙も出なかった
自作の小説には よく
あまりにも辛い時哀しい時 涙は出ないものだ―なんて表現を使うけれど
まさに それを人生初めて体験してしまった
相手の心ない言葉や不誠実さにも腹が立ったが
いちばん腹立たしかったのは愚かな自分だ
調子の良い態度や上っ面だけの友好にまんまと騙されて
良いように踊られされていたのかと考えると
あまりの情けなさに眼の前が白くなりそうだ
人生この歳まで生きてきて そんな卑劣な人間の本質すら見極められなかった
そのことがいちばん悔しかった
愚かだ 本当にバカだと その日は幾度も自分を責めた
どうにも一人で抱えておくことができそうになかったので
やむなく信頼できる人に電話した
私が今 唯一 そのことについて相談できる存在だ
その人にはかつてお世話になった縁と
その人自身が悩み事相談をしていると聞いていたので
思わず電話してしまったのだ
だが 話を聞いていると
私が被害にあったような件はままあるらしい
恐らく色んな人を相手に似たようなことをしているのではないかとも聞いた
誰が聞いても本当におかしな話だ
しかし 事件後 やりとりを繰り返しているうちには
今度は 相手からは何やら凄みのある台詞まで飛び出してきて
相談を持ちかけた人は
もう あんまり拘わらない方が良いよと言う
もちろん 私もそんな人にこれ以上拘わりたくないし 拘わる気もない
それにしても 人生一寸先は闇とはよく言ったものである
昨日までの友人が一日後には敵に変わっている
敵という言い方がふさわしいかどうかは判らないけれど
もはや友人と呼べないことだけは確かだ
いつのときも誠意や真心だけが通じるわけではないと
頭では理解していたが
現実は予想以上に厳しいらしい
私は私なりに最善を尽くしたつもりであったが
向こうにはまったく通じていなかったようだ
私の座右の銘は忍耐と努力 真心
真心は誠実という言葉に置き換えてもよい
今時 若い人には笑われるだろう言葉ばかりだけれども
私自身はあくまでも これらに優るものはないと信じている
愚直とあざ笑われようとも
この言葉を掲げて人生という長い道を歩いていきたいと考えている
いつ どんなときも凛として前を向いて咲く花のようでありたいと考えているけれど
今回ばかりはそれが難しいようだ
秋桜の花はどんなに雨に打たれても風に吹かれても
けして折れないという
あの華奢で可憐な姿のどこにそれほどまでの強さを秘めているのかと不思議に思う
10月生まれの私の誕生花も秋桜だ
折しも今 季節は秋
周囲を見回せば 色鮮やかなとりどりの秋桜が穏やかな秋風に揺れている
私は果たして秋桜になれるだろうか
踏みつけられてもなお凜として咲く花になれるだろうか
ここまで信頼していた人に手ひどく裏切られても侮辱されても
なお これからの人生も好きな言葉は誠実と真心だと言えるだろうか
他人を信ずることができるだろうか
今度の事件が起きてから三日目
今 初めて涙が湧いてきた―
信頼度が大きかっただけに 失望や落胆も大きいたのだろう
事件後 豹変して一挙に本性を見せた相手の姿には
ただ ただ呆然とするしかない
だが こんな諺もある
天が遠くにあるからと甘く見るな
私の好きな言葉の一つだ
たとえ どれだけ言葉を弄しようが
天はちゃんと見ている 真実は天だけが知っているのだ
だから 私は前を向いて歩き続けようと思う
たとえ真実が闇に沈んでしまおうとも
天は永遠に忘れないだろう
凜として 前を向いて
どんなに激しい風雨にも負けない秋桜のように
そして また新たにめぐりあう人を信じてみよう
世の中には 善人ばかりいるはずもないが
そうそう悪人ばかりがいるはずもないだろう
私の大好きな真心という言葉を心にそっといだいて
これからも愚直に生きていこう
人を裏切って泣かせるよりは
人に裏切られて自分が泣く方が良いのだから―
作品名:流れ流され生きてゆく~凛としてⅡ~ 作家名:東 めぐみ