ザ・愛国者
「今の政権が民主政治なんてデタラメよ。選挙はみせかけだけ、いつもあの独裁者が勝つようになっているのよ。あいつは、外国の権力者と組んで、この国の資源を自分の一族で独占するつもりでいるの。おかげでわたしたちは貧しいまま。抵抗すれば弾圧の連続よ。家族や仲間が何人も殺されたわ」
「しかし、世界中でテロを繰り返している」
「誰がこんなことをしたいと思って、そもそも、今まであの独裁政府と外国の軍隊がわたしたちにしてきたことこそ、テロだったのじゃないかしら」
「日本政府もその独裁者と手を組んでいたというのか」
「そうよ。あなたたちに非道なテロがいるので退治しろと教え込ませてね。わたしたちが住んでいる村は、地下にレアメタルがあるの。だから、どうしてもわたしたちを殲滅させたいのよ。見てよ、この映像を」
とナミアは、パソコン画面に望遠カメラで撮ったような映像を映す。
ズーランドの大統領と見覚えのある顔の男が映った。
あ、田父神閣下だ。今は防衛大臣で、次期総理に目されている男。確か、この国を訪ねたことはないはずだ。それに、これは随分前に撮った映像であることは確かだ。民雄が、愛国党に入る前の時期だ。田父神の顔で分かるのだ。田父神は、数年前に脳外科の手術を受けたという。その後、手術のため、顔が少し歪んでしまったのだ。ぱっと見て目立つほどではないが、顔を多面的に見るとそれがよく分かる。本人も、それを演説のジョークネタにしたりするほどだ。しかし、この映像では顔が全く歪んでいない。手術前ということだ。ということは、数年前、田父神が自衛官であった頃、まだ、政府軍と反政府軍との戦闘が激化する前の時期だ。田父神と大統領は、にこにこして話し合っている。
「映っているのは、レアメタルの鉱区よ。こっそり遠くから撮ったの。周囲は厳重に警備されているから」
「つまり、最初から、これが狙いだったということなのか」
「そうよ。そして、あなたのような若者を持ち駒に使って、ここを占領させ、独裁者と一緒に山分けしようという魂胆なのよ」
そうか、全て騙されていたのだ。そして、持ち駒として使われていたに過ぎなかった。貧しくて身寄りがない自分の面倒をみてくれる親分かと思っていたが、最初から利用する手はずだった。しかし、利用されていた自分も問題だったのではないか、自分は、何も考えず、情で突っ切っていた。愛する国のためだとかいわれ、いいことをしていると信じて何一つ疑問に思わなかった。
民雄は急に怒りがこみ上がってきた。
「おい、俺はそのにっくき外国勢力だ。君らを苦しめる独裁者と手を組んでいる。これからどうするつもりだ」
「何もしないわ。あなたの仲間をやっつけただけでも十分だし。声明を出してあなたを殺すビデオを流して、さらにテロ扱いされても損なだけ」
「いや、どうせなら、俺を使ってビデオを作ったらどうだ。最高に面白いビデオを。いい作戦を思いついた」
「どういうこと?」
「俺はこれでも、ネットでいい映像を作る天才なんだ」
民雄はパソコンをいじり、インターネットに接続、あるサイトから特殊な映像ソフトをダウンロードし立ち上げた。ネットカフェで暇つぶしに学習した技術をこれから活かすときに来た。
さあ、いくぞ!
民雄の同志の戦死が確認され、民雄自身が行方不明となってから、数日後、ネットで公開された映像が、日本中を震撼させた。
一人の青年が、黒い覆面をしたテロリストに酷たらしく首を削ぎ落とされる。もちろん、テレビでは、あまりにも残酷すぎて、その場面を放送しなかったが、ネットユーザーは直接目にした。残酷すぎる。我々の兵士をこんな目に遭わせて。いくら敵軍だからといって、捕まえたら捕虜だ。そんな捕虜を斬首して、それを世界中に流すなんて。こんなテロリストのいる国なんて滅ぼしてしまえ。そんな声が、日本中で起こった。
そうだ、やっつけろ。これは聖戦だ。
そんな声に乗じて、防衛大臣の田父神は、さらなる軍備の増強を叫んだ。憲法を変え、このようなテロリストを懲らしめるため、より積極的に派兵できるようにすべきだとの雄叫びを国会や各地での講演であげた。賛同者は日々増えるばかり。すでに、9条は死んでいる。自衛を名目に、外国の戦闘地帯に兵士を派遣しているのだ。もう文面のみになった9条なんて変えてしまえ、9条を変えればより積極的に武力行使が出来、民雄という兵士のような犠牲がでずに済んだのではないかと民衆に問いかける。
民衆は、わけがわからず、田父神の煽りに乗っていく。民雄の斬首された映像にただ怒る民衆は、田父神のいうことなら何でも正しいと思うようになった。そもそもどうして、憲法で禁じられた戦闘地域での派兵が、隠密理になされていたのかを議論すべきだと思うのだが、異議を唱えるものは、「非国民だ」とレッテルを貼られてしまう。内心、反対だ、やり過ぎだと思っても、それを堂々と口に出来ない雰囲気が世間に漂った。
田父神は、ある講演会場で、あの残虐な斬首映像を演台の横に設置された大型モニタースクリーンに映し出した。講演に出席した人々は、吐き気をもようおしながら、また、涙を流しながら、映像を見る。そして、「君が代」斉唱。一同、心を一つにした。9条改正、軍国国家への道こそ、我が国が通る道。行くぞ!
「みなさん、我が愛する祖国、日本はかつてない危機に瀕しています。そんな時こそ、軍備増強は必要なのです。挙国一致となって、このようなテロリストに立ち向かいましょう」と鋭い目つきを聴衆に向ける。皆、体がかたまって聞いている。
「ほう、テロリストかい?」と舞台の袖から声が聞こえた。銃を持った青年が登場。突然、パーンと銃声を天井に向け鳴らす。聴衆は身を伏せると共に、銃を撃った青年を見て驚いた。民雄だ。
「お前、いったい、どうしてここに? 殺されたのではなかったのか?」
と田父神。
「はは、あれはニセの映像さ。今から本物の映像を見せてやる」
と民雄は田父神に銃を突きつけながら言った。それと同時に、モニタースクリーンに、新たな映像が流れる。聴衆はくいいるように画面を見る。
映像に民雄が現れた。そして、民雄はカメラに向けて言う。
「さあ、ここからが本物の映像だ。けっして報道なんてされない真実だ。」
と言い、ズーランドのある村の光景が映される。爆撃で壊された家々。そして、死体の山。
これは虐殺の跡としかいいようがない。
「テロリストを殺すと言いながら、何の罪のない人々を、大量に殺している。さて、いったい誰が、こんなことをしているのか。それは、この国の大統領と、そいつと手を組んで資源を山分けしようとする外国の強欲な連中どもだ。その中には、我らがヒーロー、田父神閣下もおられる。見ろ、この映像を、取られたのは、随分前、顔がひん曲がる前の映像だ。とっくに心はひん曲がっていたようだが」
という言葉と同時に流されたのは、田父神がズーランド大統領と、鉱山の採掘場を訪ねている映像だ。誰もが知っている。田父神が、脳外科手術を受けて顔が曲がる前は、田父神は自衛官だった。そして、ズーランド大統領となどつながりなどあるはずはなかった。その時は、ズーランドは戦闘状態になどなっていなかった。