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風香の手帖

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三話 「進み始めた関係」



 ある朝、風香は小岩井家へやってきた。玄関のチャイムを押して中に入ると、よつばが走ってくる音が聞こえてくる。
「ふーかきた! おはよー!」
「よつばちゃん、おはよー。今日も元気だねー」
小岩井に急ぎの仕事が入ったため、家事とよつばの面倒を見に来たのである。
「朝早くから悪いね。前使ってた部屋空けてあるから、またそこ使って」
「はい。朝ご飯まだですよね。すぐ作ります」
「ありがとう。助かるよ」

 風香がエプロンを着け朝食を作り始めると、よつばがその様子を見ている。
「ふーか、それなにー?」
「これはねー、卵だけのオムレツ。だけどおいしいよ」
「ふーん」
「よつばちゃん、このオムレツにケチャップで絵を描いてくれる?」
「よつば、えをかくのとくい!」
よつばは絵を描き始めるが、うまく描けない。
「あははは、しっぱいだー」

 風香はプレーンオムレツとソーセージ、サラダを作り小岩井を呼んだ。
「いただきまーす」
久しぶりの三人での食事である。
「風香ちゃん、腕は落ちてないねぇ」
「これ、よつばがえをかいた。でもしっぱいなー」
「何を描こうとしたのかまったくわからん」

 食事が終わり洗い物を済ませると、掃除と洗濯である。
よつばの様子を見ると、積み木で遊んでいる。
風香は掃除を始め、最後に洗濯物を干し終わるころには、やはり汗だくになっていた。
「しかたがない。シャワーを借りますか」

 二階から着替えを持って降りてくると、よつばがいた。
「ふーか、おふろ?」
「うん、シャワーを浴びるの」
「よつばもシャワーする!」
「よーし、一緒に入ろうか」
よつばの体を流してやった後シャワーを浴びていると、よつばがいたずらをしてきた。
「おしり!」
そう言って風香のお尻をパーンと叩く。
「こらー!」
「あははは!」
「お祭りのときのおじさん思い出したのね。よつばちゃん、人のお尻を叩いちゃダメ!」
「わかったー」

 風香は着替えて、よつばと風呂場を出た。
「あー、さっぱりした」
「さっぱりなー」
シャワーを浴びると昼食の時間になり、風香は準備を始める。
家にあった冷やし中華を作ることにした。
まず野菜などを切っていく。
「よつばちゃん、お手伝いしてくれるー?」
「するー」
「このプチトマトの緑のへたを取って」
「こどもようのトマトだ! このみどりをとるの?」
「そうだよー。取ったらこれに入れてね」
次は金糸卵を作る。
「これが難しいのよね」
卵をとき砂糖、塩、料理酒を入れよくかき混ぜる。
熱したフライパンを傾け、そこにとき卵を広く薄く流し込む。
そして濡れ布巾でフライパンの熱を少々冷まし、蓋をして一分間ほど蒸らす。
これで出来上がりなのだが、残念ながら焦げ目がついてしまった。
「あーん、失敗だー」
茹でた麺を水で冷やし、先ほどの具を乗せれば完成である。
「よつばちゃん、お父さん呼んできてー」
「とーちゃーん」
よつばが呼びに行く。
小岩井が下りてきて食卓に三人そろう。

「いただきまーす」
「風香ちゃん、この薄い卵よく作れるねえ」
「金糸卵ですか? それ実は失敗なんです。焦げ目がついちゃって」
「えー、全然問題ないよ。言われるまで気がつかなかったくらいだし」
「トマトのみどりいろ、よつばがとった」
「風香ちゃんを手伝ったのか。偉いぞ」
小岩井はよつばの頭を撫でてやった。

 食事が終わり、三人は居間でお茶を飲んでいる。
「小岩井さん、お仕事の方はどうですか」
「おかげさまで、予定より早く終わりそうだよ」
「それはよかったです」
「とーちゃんいつも、てつやだーねむいーっていってる」
「ええ!? 小岩井さんいつも徹夜で仕事してるの!?」
「いつもじゃなくてたまにかな」
「そんな! 忙しいときは、私家事とかしにきますから言ってください!」
「あ、ああ。ありがとう」
風香は人のことも自分のことのように考え手伝ってくれる女の子であったことを、小岩井は改めて思い出した。

 お茶を飲み終え洗濯物を取り込んだ後は買い物である。
「ふーか、おかいものいく?」
「うん、これから行くよ」
「よつばもいっていい?」
「じゃあお父さんに、行っていいか聞いてきてごらん」
「うん!」
よつばは小岩井に聞きに行き帰ってきた。
「いってもいいって!」
「それじゃ行こうか」
出かける用意をして小岩井に声をかける。
「小岩井さーん。よつばちゃんとお買い物行ってきまーす」
「ああ、よろしくー」
二人は出かけて行った。

「よつばちゃん、夜は何が食べたい?」
「カレー!」
「よつばちゃんはいつでもカレーだねえ。他に食べたい物は?」
「ハンバーグ!」
「うーん、ハンバーグかぁ。前作ったことあるし。ハンバーグにしようか!」
「うん!」
「前とちょっと変えるには…… 煮込みハンバーグにしようかな」

 材料を買って家に帰ると、小岩井家の前に恵那がいる。
「えなだ!」
「どうしたの?」
「あ、風香お姉ちゃんとよつばちゃん! あのね、よつばちゃんと小学校で遊ぼうと思って、呼びに来たところだったの」
よつばは風香の顔を見る。
「よつばちゃん、恵那と遊んでくる?」
「うん! えな、いくぞ!」
「ああ、よつばちゃん待ってー」
二人は元気に走って行った。

「ただいまー」
台所で牛乳を飲んでいた小岩井が顔を出す。
「おかえり。ご苦労さま」
「よつばちゃん、恵那と小学校に遊びに行きました」
「ああ、そうなんだ」
風香はしばらく居間のエアコンで涼んでいた。
「あー気持ちいい」
だが煮込みハンバーグの細かいレシピがわからないことに気がつき、料理の本を家から持って来ることにした。
小岩井に断って自宅に戻る。
「ただいまー。お母さーん」
「どうしたの一体」
「うん、今日煮込みハンバーグ作ろうと思うんだけど、レシピがわからなくて」
「煮込みハンバーグねえ。確かここらへんに載ってた気がするけど」
「あ、あった」
風香の母が一通り作り方を見る。
「細かい材料揃ってるの? 赤ワインとかオリーブオイルとかバターとか」
「多分ないと思う」
「それじゃ、うちから持っていったら? 使った方がおいしくなるから」
「うん、ありがとう」
風香は母親から材料を一通りもらった。

「でも本当にあんたを嫁に出した気分ね」
「そお?」
「風香がこんなに男の人に尽くすとは思わなかったわ。好きな人ができると変わるもんねえ」
「え゛! し、知ってたの!?」
「知ってたも何も、この間あんたが”家出”したときから、お父さん以外みんな知ってるわよ」
「みんなって恵那も?」
「そう、あんたは小岩井さんが好きだってね」
「そ、それじゃあ、ありがとう」
風香は恥ずかしさでいたたまれなくなり、逃げるように小岩井家へ帰っていった。
作品名:風香の手帖 作家名:malta