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プラムズ・フィールド 〜黒衣の癒師〜 【第三章(前)】

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【第三章 北ウォールズ(前編)】

 第二十一話 鉱山の町

 帆船は瘤のように突き出た山がちな半島を、まる一日かけて迂回し、小さな湾の奥に控えるディル港へ渡りました。
 北ウォールズの北西に位置するディル町は、鉱石の積み出し港として古くから知られていました。湾にそそぐダンデ川を東へしばらく遡っていくと、ウォールズ国最大を誇るアスペン鉱山があります。そこは金銀銅から鉄鉱石、宝石の類まで、あらゆる石がとれるそうです。

 私はディル港の旅客待合所で、壁に貼ってある大地図を見ながら一人でうなっていました。
 ここディルから、ウォールズの都オピアムへ行くルートは二つ。アスペン鉱山を通ってチコリ砂漠を南へ下る陸路と、全長五百マース(一マース=約一キロ)もある『長蛇の断崖』を船で迂回する海路です。
 鉱山はともかく、砂漠越えというのは、いかがなものでしょうか。一方、船旅の連続というのも、私の胃腸や精神衛生にはよろしくありません。
「うーん」
 斜めに地図を見ても、答えは出てきません。
 やがて、港の職員がやってきて梯子をたてかけ、大地図に張り紙をしていきました。
『ディル・オピアム航路は現在、海賊出没のため欠航中』
「か、海賊……」
 私にはもう、オークさんのような影の守護者はついていません。海の上で危険を察知しても、逃げようがない。
 欠航が一時的なものだとすれば、他の場所をまわっている間に解決するかもしれません。私はアスペン鉱山を目指すことにしました。

 ディルとアスペンの間は、一時間に一本の割合で路線馬車が走っていました。
 四頭立ての馬車に乗り、ダンデ川を右手に見ながら緩い坂道を上っていくと、鉱石を満載した船が川を下っていくのを何度か見かけました。
 まっすぐな川にまっすぐな道。ときどき通る船。
 単調な景色がつづいたせいか、私は睡魔に耐えきれず、その後の記憶が定かではありません。

 ハッと目覚めるともう、馬車は山あいの町の石畳を走っていました。
 古びた石造りの建物が密集していて、街は街、山は山といった風にはっきり分かれています。
 終点の停留所は郵便局の前でした。客が降りて馬車が空になると、今度は小包を抱えた人がやってきて、客車に次々と載せていきます。最後に、局員が鳩の紋章のプレートをドアに付けると、馬車は来た道を帰っていきました。
 長い間、辺境をまわっていたせいでしょうか。大きな街では珍しくもない郵便馬車に郷愁のようなものを感じてしまいました。
 すると今度は、お腹が鳴りました。街で情報を集めるつもりだったのですが……。
 私はたまらず近くのレストランに駆けこみました。
 顔から何から煤で汚れた男が四人と、スーツ姿で打ち合わせをしている男が四人、カウンターには派手な化粧をした眠たげな女がちらほら。街から鉱山まで歩いて二十分もないというのに、思ったほどには関係者がいません。
 店の隅の四人がけに一人座って聞き耳を立てていると、事情が少しわかってきました。どうやら、鉱夫の多くは現場でランチをとる主義のようです。レストランに来ている煤がちな男は若者ばかりでした。
 私はチーズトーストをかじりながら、さらに耳を澄ませました。
 鉱夫たちの会話が聞こえてきます。
「おまえは大丈夫なのか?」
「何が?」
「アレだよ、この頃流行(はや)っているっていう」
「アレって……皮が紫になっちまう、アレか? 俺の持ち場の連中は誰もなってねぇけど?」
「俺んとこはもう、四人かかった」
「マジか? 医者は何て言ってる?」
「皮膚の炎症だとよ。坑内の水か空気が汚染されてるんじゃないかって」
「カゴの鳥はピンピンしてるじゃねぇか。ショボい計器より信頼できる」
「そう言ったらしいんだがな。ピーナッツバターみたいな軟膏出すだけで、もっとよく調べろの一点張りよ」
「薬は効いてんのか?」
「さっぱりだな。おまけに一人は熱出して寝込んじまった」
「オピアムの病院に送ったほうがいいかもな」
「うちの会社にそんな金があると思うか?」
「あるとこにはあると思うね。本社の重役どもの懐中時計、見た事あるか?」
「いいや」
「機会があったらフタをよく見てみろ。あれって、ヤロ水晶だぜ」
「なんだと! ちくしょう、こんな会社さっさと辞めてやる!」
「バーカ。高校落ちた奴なんか、他で雇ってくれるわけねぇだろ」
「てめぇもだろうが。ケッ、今夜は飲むからな」
「ヘイヘイ」
 私は食後のコーヒーを飲み干すと、店を出ました。
 昼間はひっそりとした、酒場だらけの街を歩きながら、鉱夫たちの会話を思い出していました。
 鉱山や炭坑では、坑内の空気が安全かどうか調べるために、小鳥を飼うという話は聞いたことがあります。魂のレベルで見れば、人や動植物に違いはないのだから、誰だろうと犠牲を強いてはならない……そう教わってきた私にとっては心苦しい話ですが、それはひとまず置いといて、今考えるべきなのは、謎の皮膚病のことです。
 私は病院があるという、街外れまで歩いていきました。
 石畳の道は病院の前までで、その先からは砂利の坂道。蛇行していった先に鉱山があります。
『アスペン労災病院』はまるで、怪我したり病気になることが前提で立てられたかのようで、私は気分が重くなりました。病院がなければ困るのはわかっていますが、病気にならない方法を考えるのが第一だと思うのです。
 赤レンガ造りの病院の玄関に立ったとき、私はふと記憶をたどりました。ここ北ウォールズの人々は大戦で敗れた後、東国カスターランドの科学主義の影響を受けたため、学のある人ほど癒術を嫌う傾向があると聞いています。
 医者との口ゲンカはもう懲りています。何かいい方法は……と考えているとき、病院の斜め向かいに古本屋を見つけました。さっそく中に入り、窓際に並んだ売れ筋本を物色するフリをして、患者が出てくるのを見張ることにしました。
 古本といっても、アスペンのような山奥では本自体が貴重品のため、値段は思ったほど落ちていません。
 分厚い背表紙が並んでいる中に、知っている作家の名前を見つけました。手にとって最後のページを見ると、作家のプロフィールがありました。
「メリッサさんって、南ウォールズの人だったのか」
 ウォールズは縦に長い国。同じウォールズでも、北の端から南部まで行くとなると、かなりの大旅行です。
 本の内容は、大陸——アルニカ半島——の中心にたたずむ大きな湖に棲んでいるという、水龍の伝説をもとにした幻想小説でした。読みたいけれど、ここで買ってしまうと、都のオピアムまで旅費が足りるか怪しくなってきます。でも、新品で買ったらもっと高いし……。
 無駄と知りつつ、何とかならないものかと唸っていると、通りに人の気配が。
 鉱夫らしき男が一人歩いています。病院から出てきた人かどうかはわかりません。
「ああもう、何やってるんだか……」
 本の魔力に引きこまれ、危うく仕事を忘れるところでした。
 私は古本屋を出ると、煤けた作業着の男の後をつけました。
 男は大きな瓶を手にしています。中身は……ピーナッツバター?