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あらかわ しょう
あらかわ しょう
novelistID. 41898
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秋の到来

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蝉の死骸が道端に転がっている。街のショーウィンドウにセーターやコートが並び始める。月がきれいに見える―――。秋の気配を感じ始めると、不安と緊張が入り混じり、じっといられないほどソワソワしてしまいます。何か新しいことを始めたいという気にもなります。なぜだろうと自問してみると、学生の時に経験したある出来事が、影響を与えているように思えます。

 あれは青森ですごした大学2年の初夏、5月か6月頃だったはずです。キャンパス内で一人の女性を見かけ、心を打たれました。しかし、彼女とは何のつながりもなく、声をかける策略も知らなかった私です。時間だけが流れ、夏休みが過ぎ、9月にキャンパスに戻ったころには、彼女の姿はありませんでした。彼女はアメリカからの留学生だったのです。4月から8月までの短い期間、日本に滞在していたのでした。

 もう見かけることもないでしょう。写真もありません。そこにいてほしい人がいないという喪失感が心にもたげました。空気が北からの冷気を含み始め、木々の葉も茶色や赤に変わりだしたころの出来事です。夏が思い出になったとき、秋の訪れは唐突にやってきたように思います。

 茶色い目をしたあの人のことを、今では何とも思いません。ただ、夢見心地というか、ふわふわしたというか、つまりは「浮いた気持ち」にさせてくれた夏の出来事と、現実をつきつける秋との間にある温度差だけは、鮮明に印象に残っています。恥ずかしい話なのですが、彼女とのすれ違いがきっかけとなって、それまでにほとんど興味のなかった英語の勉強に関心が向くようになりました。それは、夏と秋の間に存在する埋めがたい格差の中で、自分を見つめ直した結果かもしれません。頑張るうちに、外国で短期間暮らす機会を得ることもできました。人生はちょっとした決意と行動で、意外な方向に発展し得るものだと思います。

 8月も終盤。次第に遠ざかってゆく夏と入れ替わるようにして、確実に秋は近づいています。日中こそ残暑が厳しいですが、夜の風には涼しさを感じるようになりました。食欲にスポーツ、それから読書。自分と向き合うのに最適な季節は、今年も新しい何かへと自分を駆り立てるような気がします。オリンピックの競泳を見て、バタフライができるようになりたいと思いましたし、芥川賞を取った作品を読んで、小説を書いてみたいとも思いました。いずれも今の自分には難しいことです。それでも、押し出そうする力を背中に感じます。これが秋という季節の魔力なのでしょう。
作品名:秋の到来 作家名:あらかわ しょう