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黒マント

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「さぁさ、紳士淑女の皆様! どうかこちらにご注目!
 我らが"宵闇サーカス団"、今宵の演目は脱出ショー!!」

その声にひかれ、ふと広場へと目をやる。
広場の中心に立っているのは、道化姿の悪党。
周りにいる野次馬は趣味の悪い人間の屑共だ。
もちろん故なく批難しているわけではない。
そのピエロのそばには小さな鉄檻が一つ鎮座しており、中にはいたいけな少女が閉じ込められていることからだ。

溜め息が一つ溢れ、洋燈の闇へと溶けていく。
夜の街は今日も最低だ。

「おい、仕事の時間だぞ。わかっているのか?」
背後からかけられた声に、振り向きもせず応える。
「もちろんだとも、"相棒(クソッタレ)"」
「そいつは良かった。仕事はキチッとしてくれよ、英雄様」
「ウザいな。黙って見てろ」

へいへい、と気の抜けるような返事。
なんでこんなのが相棒なのか、疑問と後悔は絶えないが、それもまた詮無きことだろう。
この街では諦めることこそが愚者に残された唯一の賢しい行為であるがゆえに。

広場では今まさに少女への虐待が始まろうとしている。
なにが脱出ショー。文字通り種も仕掛けもない、ただの暴力劇だ。

「さ、悲劇を活劇に、そして喜劇にしてやろう。今宵も開演だ」

呟き、俺は人だかりへと溶け込む。
広場の中心へと進む。誰にも気付かれず、密やかに。
そして、俺の視線はピエロの腐った眼光と交差した。

みるみると道化師はその白い顔を一層白くし、醜悪極まりない表情が恐怖に染まる。
そして叫んだ。恐怖劇の開演を。
「――ひ、黒マントだ! 黒マントが出たぞ!!」
その一言に、俺の周りの人混みが割れた。
一瞬を見逃さず、俺は駆け出す。

道化師は少女を連れて逃げだし、衛兵が飛んでくる。
「貴様止まれえ!」
剣と槍を構える。剣を持つのは将校だろう。
こんな薄汚い街に、なんの用でもあるまいし。

自らの細剣と短剣を抜き、甲冑姿の二人へと駆ける。
槍が伸びた。短剣を当て、軌道をそらして回避する。もちろん、走る速度に緩みはない。
その勢いのまま鎧ごと蹴り倒し、当てていた短剣で槍をはじき飛ばす。

背中に寒気。
将校の剣が迫る。
身を翻し、すんでの所で躱す。しかし、それで終わる腕ではないだろう。
予想通り、2撃目が既に近づいてきている。
軌跡を読み、短剣で弾き上げる。
甲高い金属音。がら空きの胴。
鎧の隙間、肩口に向けて細剣を突き込んだ。

「ぐう!」
肉を貫き、骨まで突き込んだ感触。
その感覚が消えぬまま、剣を引き抜く。
こんなところで止まっている暇はなく、こんなところで武器を手放せるわけもないのだ。

脇目も振らず、足をひたすらに動かす。
道化師を逃がすわけにはいかない。

少女の手を引く背中が見えたと同時、片手の短剣を投擲する。
「ぎえっ!」
蛙の潰れるような声と共に、道化師は路上に倒れ込む。
太ももから夥しい量の血が流れているが、命に別状はないだろう。
故に。

「た、助けてくれ! 頼む、この通りだ! 金でも女でもいくらでもやる! だ、だから命だけはっ!」
「そう言った、この娘のような子どもたちを、お前はどうしてきた」
「こ、こいつか!? これならやるから命だけは!」
すがりつく小汚いそれを蹴り飛ばし、顔をこちらに向けさせる。そしてまだ喚くそれに、
「黙れ豚」
赤い液体がぶちまけられ、その口はもう二度と音を発することはない。

そして俺は、少女の手を取る。
「大丈夫か?」
ぼんやりと、うつろな瞳がこちらを向く。
「すまない」
それだけを伝え、俺は少女を抱えて駆け出す。
宵闇の中へと消えていく俺たちの姿を見たものは、誰もいなかった。
作品名:黒マント 作家名:空言縁