ヒカリ輝く
ヒメは陽が出ている刻、王子のもとを離れ、陽が落ちるとまた戻りました。
ヒメと王子の世界には果物と書物が在りました。
果物は姫が食す際に王子も倣って口にし、書物は陽が出ている際、つまりヒメが王子のも
とを離れる際に好きなだけ読むようにと云われ、王子は何ら疑問を持たず読書に耽りまし
た。
ある刻、食事を終え、王子はヒメに問いました。
「天使の梯子を御存知ですか」
ヒメは答えました。
「雲と雲のほんの隙間から日の光が漏れて天空から地上に一筋の光の道が出来る。その自
然現象を天から天使が梯子を掛けているように見えることからの喩えだ」
「君は見たことがありますか」
「あるぞ。特に今の時期は陽の光が強いので度々目にすることが出来る」
「…それはいったい何処で見られるのでしょうか」
王子はヒメと二人きりの世界にいました。
王子は、外界を知りませんでした。
書物を与えることによって、王子の外界への好奇心を抑えることは出来ないと解ったヒメ
は、ついに王子を外界へと連れ出すことにしました。
「空、雲、鳥、土、風、雨、海、太陽…とても綺麗な世界です」
かつで見たことのない王子の瞳の輝きを、ヒメは笑い出しそうな、泣きだしそうな表情で
ただ見つめていました。
「ですが、足りないのです」
「……」
「…神は本当に存在しないのですね」
「そうだ」
「…人間は何処でしょうか」
「ここにいる」
「君と、二人きりなのですか」
「……私は…」
人間のことを聞くと、ヒメはきまって酷く息が乱れ、手と足が震えだすので、王子はいつ
も何も言わず、表情を変えず、また書物へと視線を戻すのでした。
それから幾月が過ぎた頃、ヒメがいつも通り書物や果物を持って、陽の落ちる刻、王子の
もとへ戻ると、王子の傍らには見知らぬ人間が立っていました。
ヒメは立ちすくみ、視線は泳ぎ、息が乱れ、手足は震え始めました。
王子は戻ってきたヒメを見据えると、笑顔で手を振りました。
その後、王子の傍らに人間の姿を見ることはありませんでした。
けれども、ヒメは確かに王子の傍らに人間の姿を見ていました。
兄が魚を食べるようになりました。
その魚は兄が自ら捕ったのだと兄は云います。
兄が数学の勉強をしていました。
与えた覚えのない書物に兄は書き込みをしていました。
その書き込みの筆跡は兄と、別のものが在りました。
何も望まなかった兄から、葉書を買ってきてほしいと云われました。
郵便受けに初めて兄への郵便物が入っていました。
葉書が届いていないかと兄に聞かれました。
息を乱し、視線を泳がせ手足を震わすと、兄は何も云わず笑いました。
見知らぬ人間が訪ねてきました。
私の背後に立つ兄の頬が人間を見て染まっていくのが解りました。
目の前で涙を流す妹には目もくれず、兄は人間をまっすぐに見つめていました。
兄は私のです。兄は私のです。兄は私のです。兄は私のです。
兄は私のです。兄は私のです。兄は私のです。兄は私のです。
アニハワタシノモノナノデス―――――――。
雲の隙間から陽の光が漏れ、地上の私へと一筋の光の道が現れました。
私はただただ光が眩しくて、眩しくて、目を瞑りました。
目の前で兄が裁かれています。
実の妹を手にかけた罪に、問われています。
私は実の兄を監禁しました。
他人との交流を禁じました。
兄が初めて愛した人間を殺めようとしました。
そして、兄に妹を殺めさせてしまいました。
罪人、兄ニアラズ。
私こそが、私ノミガ罪人。
ですが、もはや私は人に非ず。
死人が罪人となることはないのですね。
王子―――。
貴方はまるで人ではなかった。
成仏出来ずに人の生活を営む貴方をずっと見つめ続けることなど、何にも変え難い私の償
いだ。