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永遠と麦の穂

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漂流する船




 刹那の要望どおりの場所に、二頭の駱駝がきちんと繋がれて待っていた。案内人の男に駱駝の乗り方やトラブルの対処法などを伝授されてから、いよいよ黄金の砂地へと歩き出していく。
「けっこう高いのだな」
 初めて駱駝に乗ったアメリカ人は、機嫌よく砂漠の旅を楽しんでいるようだ。
 刹那は地図を見ながら舵取りに忙しい。GN粒子がなければ衛星やレーダーを使えるのに、文明の利器が使えない以上は自らの手足、そして頭と身体のすべてを使わなければならない。
「噂には聞いていたが、本当に暑いな。まだ午前中だというのにもう三十℃を越えていそうだ」
「越えているだろうな。日中は五十℃近くになる」
「そんなになるのか! 想像もできないよ」
「夜は氷点下まで冷える。だからそれまでにはオアシスに着くよう行くからな」
「わかった。しかし、砂漠はすごいところだな」
 じりじりと全身を焼く太陽、雲がまったく発生しない空、たまに吹く風だけが一服の清涼剤だ。
「綺麗な空だ……。飛んだらきっと気持ちいいだろうな」
 目を細めて上空を仰ぐグラハムに、刹那は少し注目した。その言葉は、これまでに彼の口から発せられたものとは、種類が違う感じがしたのだ。
 そう、ほんの少しだけ希望を感じるような──。
 何かを言えればいいのに、こんなときは本当に自分の口下手さとボキャブラリーの貧困さを恨みたくなる。効果的な言葉というものを、刹那はほとんど知らないのだ。
 空を見上げていたグラハムの表情が、やがてそれまでの彼と同じに変化していく。わずかに花開いたように見えた希望は、あっという間に閉じてしまっていた。
 せっかくのタイミングを逸したことを、刹那もまた悔やんだ。
「それにしても、見渡す限りの砂の世界だな」
「砂漠なんだから当たり前だろう」
 なんともつまらないことを口にしたけれど、刹那はそれに気づけないでいる。
「まぁ、そうなんだが。上から見ているのと、実際に自分が立ってみるのとではまるで印象が違う。海の上にいるような感覚だ」
 それは、刹那にもわかるような気がした。ぐるりとどこを見渡しても砂しか見えないし、砂丘は大きな波のうねりにも似ている。刹那たちは砂という大海を行く小さな船だろうか。
 漠然と未来を探す不確かな航行は、終わりがいつともしれない旅と同じだ。けれどそれをやめることだけはできない。留まる港のない旅の終着点を探すこと、刹那の生きる理由とはそれなのかもしれなかった。
「──気圧が変わった」
「なに?」
 不意に後ろからかかった声に、刹那は駱駝の足を止めた。
「上空の様子まではわからんが、風は西風に変わる」
「……本当か?」
 疑うわけではないけれど、気圧の変化など刹那にはわからない。グラハムは軽く肩を竦めて笑ってみせた。
「長いこと空の上にいたせいかね、肌で感じられるようになったのだよ」
「……西風はまずい。砂嵐が起こる可能性が高い」
 刹那はすぐに地形を確認して、岩場まで方向転換することにした。
 それから数十分も立たずに、風と砂が周辺を覆っていった。岩場の影に隠れてやり過ごしても、飛び込んでくる砂粒までは防げるものではない。よく喋るグラハムも砂には閉口しているのか、駱駝のそばに腰を下ろしてじっとしている。
 時間にすれば二十分程度だったはずなのに、そのたった二十分間で、二人と駱駝の全身に砂の山を築き上げていった。
「すごい風と砂だったな」
 言葉と同時に立ち上がったグラハムの衣装から、どっさりと砂が落ちた。
「だが、来る前に移動できただけ、かなりマシだ」
 荷物が吹き飛ばされることもなく済んだ。多少の砂も刹那には我慢できる範囲内だった。
「役に立てたようで何よりだ」
 グラハムは駱駝に降り積もった砂を払ってあげている。そんなことをしなくとも彼らは勝手に、と思ったが、なんとなく口を挿めなかった。
「そうだな、助かった」
 代わりに礼を述べておくと、少し驚いたような顔をしたグラハムの大きな瞳がゆっくりと細められていった。


 最悪な被害は免れたとはいえ、大幅な時間のロスがあったことは否めない。日が沈むまでにオアシスへはたどり着けないと、地図を見ながら刹那は溜息をついた。
「今日はここでキャンプする」
「わかった」
 彼が不平を唱えないことをわかった上での、説明だった。いちいち伺わなくても、グラハムは肯定しかしない。だから刹那は報告だけすればいい。
 日が暮れ落ちる前にテントを張って、寝床の確保をしてから味気ない缶詰や携帯食糧の夕食を採る。グラハムはやはり文句を口にすることもなく、黙々と缶詰の中身をつついていた。
「一日目から予定が狂うとは思わなかった」
 地図に現在位置を書き込みながら、刹那は言った。グラハムにもわかるように広げ、明日以降の予定を彼に説明していく。
「仕方あるまい。天候だけはどうにもならんよ」
「これが続かないことを願うばかりだ」
「そうだな。ここはSOSも届かない場所だしな」
 ある意味、宇宙よりもたちが悪いというわけだ。生体識別コードまで持って管理されている世の中で、居場所をまったく知られないのだから。
 そのお陰で連邦の目をかいくぐっているのだけど、当然いつまでもこの状態で過ごすわけにはいかなかった。
 刹那にはソレスタルビーイングの一員としての使命がある。そう長いこと戻らないでいるのは無理なのだ。アザディスタンまでという距離は、刹那自身が定めたタイムリミットでもあった。
 そこにたどり着くまでに、グラハム・エーカーの新たな生きる道が見つかればいい。もしそれができなくとも、せめて彼の手からあの刀を手放せるくらいには、未来への希望がつかめるようになれば、と思う。昼間、眩しそうに空を見上げていたときのように。
「──空が好き、なのか?」
「ん?」
「いや、お前の口からよく聞く言葉だなと思って」
「……ああ、うん、そうだな。好きだった、かな」
 少し懐かしむような、けれどどこか悲哀も感じるような響きを滲ませながら、グラハムはポツリと呟くように言った。
「今はもう『どうでもいい』のか?」
 刹那の皮肉るような聞き方に、彼は苦笑をこぼしていた。
「いや、好きだよ。空は、何も持ってない私が自由にしていい唯一のものだったからな」
「──何もない?」
 ユニオンの精鋭だった男が、何もないわけがないじゃないかと、刹那は少し眉間に皺を寄せて問い詰める。金も地位も持っていたくせに、それは傲慢というものだ。
 グラハムは刹那の怒りを敏感に感じ取ったのか、軽く居住まいを正して真正面から見つめてきた。
「私は孤児だったのだよ」
「──っ!」
 驚くしかない告白に、刹那は瞠目する。
「家や親もなく、当然金もなかった。でも夢だけはあったんだよ。それが空を飛ぶことだった」
 家も親もないという彼の告白は、刹那の心を怪しく掻き立てるものだった。
 消せない過去がよぎる。銃口の先にいたのは自分の──。
「刹那」
「──っ、なんだ?」
「君が気にすることじゃないよ。生い立ちについてはもう昇華してしまっている。私はどうも、そのあたりの縁が薄いようだ」
作品名:永遠と麦の穂 作家名:ハルコ