入籍
檀上 香代子
配 役
清 美 三十五歳 会社員
サト子 四十歳 清美の姉
文 人 三十三歳 清美恋人
晴 海 六十八歳 文人の母
一 場
小さな待合室 長椅子が数脚 人影はない。
サト子と旅行用トランクを引いて清子、話しながら入ってくる。
サト子 やっぱり、行くの?
清 美 ええ。
サト子 文人を信じてるのね。
清 美 ちゃんとした人だよ、事務所の設立者として、人望もある。
サト子 それは、お母さんたちも判っている。
清 美 だったら、なぜ? 入籍に反対するの?
サト子 それは………
清 美 あの人が、乙村出身だから、貧乏村と言われてた村に生まれ
たから? それが理由なんて可笑しいよ。
サト子 狭い島だもの、古くから刷り込まれた感情は、簡単にはなく
ならないわ。
清 美 ナンセンスだよ。昔の支配階級が、自分たちの都合で差別し
てきただけじゃない。 乙村に生まれたって、
本人に何の責任もないでしょ。お姉ちゃんには判るでしょう。
サト子 …………
清 美 お父さんもお母さんも教師だったはず。差別は間違いで悪い
と学校で教えて来た立場では。
サト子 頭じゃわかっているのよ。私たち。でも気持ちがついていか
ないの。
清 美 そんなの……生まれた場所で人権が守られない差別、なくさ
なくちゃ。
サト子 私たちは、将来、先のことを思わずにはいられないの。
清 美 将来?
サト子 もし、あなた達に子供が生まれたら、父親のことで差別を受
けるんじゃないか、
清 美 (冷笑を浮かべ)姉ちゃんの結婚にも影響するんじゃないか
と。
サト子 (寂しそうに)そうじゃないと言っても信じられないでしょ
う ね。
清 美 …………
サト子 (立ち上がりながらバッグから書類を出して渡す。)これ。
清 美 なに?
サト子 謄本、彼とよく相談してね。(去る)
清 美 姉ちゃん……ありがとう。(携帯を出し、電話する)……
文人?あのね、
電話の最中に暗転
二 場
浜辺を歩く、文人と文人の母
母 兄ちゃん達を恨むでねえぞ。
文 人 わかってる。ごめん、かあちゃん。
母 これからも兄ちゃんたちは、この村の人たちと暮らしていか
なきゃなんねえ。入籍を機に向こうで新戸籍を
作ると言うことは、お兄ちゃんたち家族の歴史を否定された
と思う気持ちは、母ちゃんにはよくわかる。
文 人 俺だってわかる。でも、清美と結婚したい。俺を幸福にして
くれるただ一人のパートナーなんだよ。
母 …………
文 人 新戸籍にするというのは、清美が望んだことではないんだ。
清美は乙村のことも承知の上で、俺を選んでくれた。
母 わかちょる。
文 人 清美の家族も頭の中では判っているけど、気持ちがついてこ
ない。だから、清美は、家族より俺を選んでくれた。…それに
答えたい。
母 母ちゃんも清美ちゃんに幸せになってほしい。差別する者とさ
れる者の間には大海原が横たわっているちゃ。その海原をおよ
いでくれる清美ちるゃんには感謝しちょる。
文 人 少しづつだけど、世間は変わると思っていたけど、ごめん母ち
ゃん。
母 清美ちゃんもお前も負けたわけじゃない。 ちょっと寄り道だ
な。(やさしく文人をだきしめる。)
三 場
船のデッキに立つ文人と清美
清 美 これで島とお別れね。
文 人 うん
清 美 故郷がなくなちゃったね。
文 人 いいや、ちょっと間の旅行、人生の寄り道さ。
清 美 そうね。あなたも私も、日本人だもんね。
文 人 日本人、外国人だという前に、みんな同じ人間だと自覚する
ことが大事さ。
清 美 そうね。ごめん、私もまだまだ未熟ね。でも今度のことは、
私たちでおしまいになってほしい。
文人、そうと清美の方を抱き、二人遠ざかる島を見ている。
幕