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檀上 香代子
檀上 香代子
novelistID. 31673
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入籍

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入  籍            
                          檀上 香代子

         配 役

    清 美  三十五歳      会社員
    サト子  四十歳       清美の姉 
    文 人  三十三歳      清美恋人
    晴 海  六十八歳      文人の母 

         一 場

  小さな待合室 長椅子が数脚 人影はない。
  サト子と旅行用トランクを引いて清子、話しながら入ってくる。

サト子  やっぱり、行くの?

清 美  ええ。

サト子  文人を信じてるのね。

清 美  ちゃんとした人だよ、事務所の設立者として、人望もある。

サト子  それは、お母さんたちも判っている。

清 美  だったら、なぜ? 入籍に反対するの?

サト子  それは………

清 美  あの人が、乙村出身だから、貧乏村と言われてた村に生まれ
     たから? それが理由なんて可笑しいよ。

サト子  狭い島だもの、古くから刷り込まれた感情は、簡単にはなく
     ならないわ。

清 美  ナンセンスだよ。昔の支配階級が、自分たちの都合で差別し
     てきただけじゃない。 乙村に生まれたって、
     本人に何の責任もないでしょ。お姉ちゃんには判るでしょう。

サト子  …………

清 美  お父さんもお母さんも教師だったはず。差別は間違いで悪い
     と学校で教えて来た立場では。

サト子  頭じゃわかっているのよ。私たち。でも気持ちがついていか
      ないの。

清 美  そんなの……生まれた場所で人権が守られない差別、なくさ
     なくちゃ。

サト子  私たちは、将来、先のことを思わずにはいられないの。

清 美  将来?

サト子  もし、あなた達に子供が生まれたら、父親のことで差別を受
      けるんじゃないか、    

清 美  (冷笑を浮かべ)姉ちゃんの結婚にも影響するんじゃないか
          と。

サト子  (寂しそうに)そうじゃないと言っても信じられないでしょ
          う ね。

清 美  …………

サト子  (立ち上がりながらバッグから書類を出して渡す。)これ。

清 美   なに?

サト子   謄本、彼とよく相談してね。(去る)

清 美   姉ちゃん……ありがとう。(携帯を出し、電話する)……
      文人?あのね、

                                              電話の最中に暗転

   


          二 場

   浜辺を歩く、文人と文人の母

母    兄ちゃん達を恨むでねえぞ。

文 人  わかってる。ごめん、かあちゃん。

母    これからも兄ちゃんたちは、この村の人たちと暮らしていか
      なきゃなんねえ。入籍を機に向こうで新戸籍を
     作ると言うことは、お兄ちゃんたち家族の歴史を否定された
     と思う気持ちは、母ちゃんにはよくわかる。

文 人  俺だってわかる。でも、清美と結婚したい。俺を幸福にして
     くれるただ一人のパートナーなんだよ。

母    ………… 

文 人  新戸籍にするというのは、清美が望んだことではないんだ。
     清美は乙村のことも承知の上で、俺を選んでくれた。

母    わかちょる。

文 人  清美の家族も頭の中では判っているけど、気持ちがついてこ
     ない。だから、清美は、家族より俺を選んでくれた。…それに
     答えたい。

母    母ちゃんも清美ちゃんに幸せになってほしい。差別する者とさ
     れる者の間には大海原が横たわっているちゃ。その海原をおよ
     いでくれる清美ちるゃんには感謝しちょる。


文 人  少しづつだけど、世間は変わると思っていたけど、ごめん母ち
     ゃん。

母    清美ちゃんもお前も負けたわけじゃない。 ちょっと寄り道だ
     な。(やさしく文人をだきしめる。)


          三  場

   船のデッキに立つ文人と清美

清 美  これで島とお別れね。

文 人  うん

清 美  故郷がなくなちゃったね。

文 人  いいや、ちょっと間の旅行、人生の寄り道さ。

清 美  そうね。あなたも私も、日本人だもんね。

文 人  日本人、外国人だという前に、みんな同じ人間だと自覚する
     ことが大事さ。

清 美  そうね。ごめん、私もまだまだ未熟ね。でも今度のことは、
     私たちでおしまいになってほしい。

   文人、そうと清美の方を抱き、二人遠ざかる島を見ている。        
 
                                 幕
作品名:入籍 作家名:檀上 香代子